第一幕、御三家の桜姫
「びっくりした。何してるの?」
「質問に質問で返さないでくれないか?」
今日も今日とて棘付の塩対応。眉間のしわは不審げなものから不機嫌そうに変わった。
「あそこで桐椰くんがカツアゲされてるから」
思わず観察してましたとこっそり指を差した。月影くんは路地裏を軽く覗き「あぁ」と頷いた。
「よくあることだ。俺は先に行く」
「え! 助けないの?」
「相手は四人、しかも遼を相手にカツアゲをしているということは、遼のことも知らんだろう。花学の生徒と一括りにし、そうであれば簡単に財布を出すと考えている、軽率で浅薄なだけの他校生だ」
言葉が難しくて一瞬脳内で変換できなかった。センパクなんて口語で使う人がいるのか。しかも高校生。
「一方、遼といえば、つい最近も十数人相手に怪我をさせて停学になったくらいだ。あの四人は遼の相手ではない」
「あー、停学。そういえばそうだったね」そのせいで五月になるまで桐椰くんのことを知らなかったんだった。頷きながら「桐椰くんって金髪でヤンキーなのかなって思ってたけど、本当にヤンキーなんだね」
「そうして観察していても構わないが」月影くんは時計を見せ「遅刻はしないようにな」
友達なんだから待ってあげればいいのに。
「待てばいいのに、と言いたげだな」
「バレちゃった。さすが成績優秀の首席様」
「馬鹿にしているのか」
「いや首席って褒めたじゃないですか」
「褒称を並べれば褒めたことになると本気で思っているのだとしたら嫌味と皮肉を辞書で引くといい」また難しい言葉をつかわれた!と顔をしかめる私を無視し「遼は無駄な喧嘩をするヤツじゃない。遼に軽くあしらわれた彼らに追いかけられること、それから逃げ切れる自信がないことを考えれば、無視して行くのが正解だな」
「月影くんって自惚れてるのか謙虚なのか分からないね」
「俺は自分の能力を過信してないし、過大評価も過小評価もしないだけだ」
無駄話はここまで、と歩き出した月影くんから視線を外し、路地の裏を見る。同時に、パァンッと軽快な音と共に一人がカバンで張り飛ばされた。
「……桐椰くんが相手を殴りました」
「巻き込まれないうちに俺は行く」
確かに追いかけられちゃ面倒だ、と私も月影くんの後についていこうとしたけれど、桐椰くんが出てくるほうが早かった。どうやら月影くんの読み通り、桐椰くんにとってあの四人は雑魚だったようだ。