御三家の桜姫



「見向き……もしないの? 少しは仲良い女子とか……」

「あー、月影くんのこと? あれは遊び、仲が良いわけじゃないよ」


 思わぬ事実に目を剥いた。女嫌いの月影くんが女遊びをしていただと?

「でもあたしはちょっと遊ばれたいなーって思ったことあったかなー。だって超頭良くて超クールな月影くんが実は慣れてるっていうのがいいじゃん」

「なにその性癖」


 キャハハなんて笑い声が聞こえる中で呆然としているのは私だけだ。なんなんだ、月影くん。今朝だって私に散々罵詈雑言を浴びせたくせに、一体なんなのだ。


「でもー、そんなこと言ったら、あたしは桐椰くんがいいかなあ。月影くんはちょっとクール過ぎるから、桐椰くんくらいがカッコいいよお。時々喧嘩しちゃうちょっと悪い感じがいいし、孤高の狼って感じ」


 檜山さんの意見、確かに一理ある。今朝も月影くんに見捨てられてたし、間違いなく孤高。


「アタシはずっと松隆くん推しだから。もう本当に二次元みたいに顔がいいし、どこの王子様なのってくらい優しいし紳士だし、笑いかけてもらえたら一片(いっぺん)の悔いもなしって感じ!」


 再び我が耳を疑った。優しい松隆くんなんてこの世に存在するのだろうか。もしかしたら私が知っている松隆くんとは別の松隆くんかもしれない。でも私が知ってる松隆くんはあの計算高い腹黒さで紳士を気取るのも簡単だろう。その意味で舞浜さんの推しは私の知っている松隆くんで間違いない。

 というのはさておき……。いつの間にか話題は個々人の推しメンの話にシフトしていた。それどころか「月影くんっていまは遊ぶのやめちゃったよねー。あたしも行けばよかったー」「てかさー、桐椰くんって実はちょっと可愛いとこない?」「分かるかもー。桐椰くんは御三家の可愛い系担当だよね。松隆くんは王子様担当」と私の知らない御三家の話をしている。

 そして何より疑問なのは、誰も“透冶”くんの名前を口にしないこと。そして──今朝の違和感の一部が形になった──透冶くんがいたにも関わらず、彼らは“御三家”と呼ばれていること。


「あの……、御三家って、いつから呼ばれてるの? 最初から?」

「一月か、二月くらいじゃないかなあ、結構最近だよね」


 誰が呼び始めたんだろう、とでもいいたげに檜山さんが首を傾げた。


「一番最初は、生徒会役員もちょっと手が出しにくい男子たちってくらいだったんだよねー。ほら、松隆くんが松隆財閥の次男じゃん?」

「いやまあ、イケメンだったけどね、最初っから。月影くんは代表挨拶、松隆くんは財閥御曹司、桐椰くんは金髪で、ほら、色々目立つ三人だったし」


 やはり透冶くんの名前は上がらない。それどころか、舞浜さんは明確に「三人」と述べた。


「御三家って、ずっと三人で仲良しなの? 四、五人のグループだったりしないの?」

「そういえば四人目がいたような気も……」大橋さんが首を捻るけれど、檜山さんは「えー、ずっと三人じゃないっけ」なんて有様で、舞浜さんが「いや、もう一人仲良さそうなのいたよ」と辛うじて把握している程度だ。


「あー、そういえばそんな人いたね。思い出した」

「もしかして転校してった人?」

「そうそう」


 ……御三家のいうとおり、透冶くんは転校したことにされているらしい。また、少し背筋が震えた。
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