御三家の桜姫

 第三校舎に入ると、笛吹さんじゃない三年生に引っ張られた。笛吹さんは私達の後ろで「うん、今から。どこにいるの? ……文理教室って三階のほう? ……そう、だったらちょうどいいかな、そのままそこにいて」なんて誰かと電話をしている。一体誰と何の電話をしているのか、思考を巡らせているうちに、押し込むように文理別教室に入れられた。教室内はカーテンが引かれて薄暗い。眩しい明かりを放っているのは、笛吹さんが待機を命じた人達――三人の男子のスマホ。私達が入ると「ああ、来た来た」「マジ人使い荒いよなー」とぶつくさいいながら何かを放って寄越した。パラン、と床に落ちたのは、ロープだ。

 薄暗い教室に、ロープ、そして男子三人――。この三つから想像できる最悪の事態が思い浮かび、ドクンと心臓が大きく脈打った。

 そろりと半歩後ずさると、背後の笛吹さんにぶつかった。おそるおそる振り返る私を、笛吹さんは笑顔で見下ろし、そっと、そして周到(しゅうとう)に口を塞ぐ。


「だめじゃん、逃げちゃ。そんなに時間がかかることじゃないし」


 その手首を乱暴に掴んで引きはがし、向き直って笛吹さんを睨み付けた。


「……周りに聞こえると困ることをするつもりなんですか」

「困るのはあたしじゃないんじゃない?」


 白々しい表情で(とぼ)けられ、笛吹さんの目論見(もくろみ)が読めてしまった。あの三人の男子は、きっと無名役員だ。彼らのしていることがうっかり表沙汰(おもてざた)になったら「無名役員の男子が勝手にやったことです」「生徒会役員に忖度(そんたく)したんだと思います」なんて白を切るつもりなんだろう。

 舞浜さん達は困惑した面持(おもも)ちであたりを見回すだけだ。この期に及んでまだ状況が理解できないらしい。

 でも、そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、迷わずこの手段をとった笛吹さんのほうが気になる。私に出くわしたのはただの偶然なのに、場の整った空き教室が用意されてるなんてできすぎている。

 つまり、笛吹さんはいつもこの方法で一般生徒を脅している。


これ(・・)、他の女子にもしてたんですか」

「桜坂さんには、関係なくない?」


 ぎゅっと拳を握りしめた。自分の中に生じた感情が怖さなのか怒りなのか分からなかった。確かに私と関係はない、それでも。


「だって、こんなの、ただの犯罪じゃないですか」


 子供のいたずらにしては度が過ぎている。

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