御三家の桜姫


 その手を振り払うと、パタリと、ロープは死んだ蛇のように床に落ちた。舞浜さんが「ちょっと!」と小声で(とが)め、驚いた檜山さん達も私を見る。でも、この三人がどうなろうと、私の知ったことじゃない。

 中心人物っぽい男子は私達のところへやってきて「ったく、仕方ねーな」と言いながらロープを拾い上げる。私は再び、一歩後ずさった。


「……あのさあ、早く帰りたいって言ってんじゃん、お互い。大人しくしてくんない?」

「じゃあ、なんで笛吹さんの言うことを聞いてるんですか?」

「お前には分かんねーのかもしれないけど、これが俺らなりの処世術(しょせいじゅつ)だよ」

「ああ、なるほど」挑発するように笑ってみせて「笛吹さんの無名役員なんですかね? 役員とは名ばかりの絶対服従の下僕、お疲れ様です」

「……ああ、そうだよ?」


 リボンごと胸座を掴みあげられて、息が詰まった。あまりに乱暴に掴まれたせいで、眼鏡が落ちて床に転がり、隣の舞浜さんが息を呑む。


「俺らは無名役員だから、アイツに絶対服従なわけ。何か文句あんの? アンタだって御三家のセフレにならなきゃ守ってもらえないんだ、同じだろ?」

「そんなんじゃないし……」

「いいじゃん、それで守ってもらえるなら安いもんだろ? お姫様気取りかなんだか知らねーけどさ」

「お姫様じゃなくて、私もただの下僕だよ……」


 首を絞めるように、手に力を込められた。ぐっ、と更に息が詰まる。抵抗するように腕を掴んでも、引き()がすことなんて到底できなかった。


「へぇー、じゃあ下僕同士仲良くやろうよ。ま、俺達は一石二鳥なんだけどね」

「……無名役員だから一般生徒より偉いし、命令にかこつけて女の子で遊べるから?」

「そういうこと」


 視界の隅に映る三人の表情がそこで変わった。さすがに薄々気付いてはいたのだろうけど、現実に聞かされて危機感でも芽生えたのだろうか。

 三人が声にならない悲鳴を上げる。舞浜さんは突進しそうな勢いで扉に向かい、必死にそれを引く。開くわけがないことくらい分かっているはずなのに、馬鹿だな。

 檜山さんと大橋さんに目を向けた。檜山さんが大橋さんを縛るように催促され、おそるおそる腕にロープをかけている。友達同士で縛らせることで、一方を共犯者にして、この件を口外させないようにする。本当に、吐き気がするほど慣れた手口だ。

 ……こうして冷静に呑気に観察して考えている私も、別に、御三家に助けてもらえるって決まってるわけじゃないんだけど。


「友達が心配?」

「ううん、友達じゃないよ」

「ちょっと亜季!?」


 即答した私に、舞浜さんが愕然として私の名前を呼ぶ。

 私は、舞浜さんの名前も知らない。

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