御三家の桜姫


 松隆くんは、ゆっくりと教室を見回して様子を確認した後、「ヒロ」に向き直った。


「お前ら、桜坂を狙ったな?」

「ああ、そうだよ……桜坂の名前は役員内のブラックリストに載ってるし、笛吹にも言われたし……」

「そう。じゃあ、笛吹と生徒会役員どもに伝えとけ」

「っ」


 起き上がりかけてた「ヒロ」の腕を足で払いもう一度転ばせ、床に這いつくばった彼の体の下に爪先を入れて、仰向けにする。触れる価値さえないと言いたげな動作。まるで物のような扱いに、背筋が震えた。

 そのまま、松隆くんは「ヒロ」の胸元を踏みつける。息の詰まった彼が呻き声をあげるけれど、そんな醜い声は聞こえないとばかりに、松隆くんは無表情で、平淡な声で告げた。


「桜坂に手を出すのは、御三家に手を出すのと同じだと思え。手を出せば俺達がお前をこの学校から排除してやる。どんな手を使ってでも、だ」


 ギリッと、松隆くんの足に一層力が籠り、踏みつけられている「ヒロ」は口を虚しく開閉させた。


「分かったら二度と手を出すな、触れるな。俺達は相手が女子でも容赦しないからな。男子ならなおさら、分かるよな?」


 「ヒロ」の手が、抵抗するように松隆くんの足首を掴んだけれど、松隆くんは非情にその手を振り払う。振り払われる一瞬だけ解放され反射的に大きく息を吸った彼の胸は、もう一度踏みつけられた。


「桜坂は、御三家(おれたち)のものだ。俺達は仏ほど優しくないからな、二度目はないと思え」


 「ヒロ」が激しく首肯するのを見て、松隆くんは漸く足を離した。今度は私に向き直り、手を差し出してくれる。


「立てる?」


 表情も声のトーンも一変し、さっきまで「ヒロ」を脅していた人と同じ人には思えなかった。


「……大丈夫」


 好意に甘えて手を掴むと、体の細さからは考えられない力で助け起こされた。トン、と軽く胸に飛び込んで抱き留められると、ラベンダーの香りが鼻孔をくすぐる。

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