御三家の桜姫

 |だから(・・・)、幕張匠の父親は死んだ。後を追うように、その妻も亡くなった。

 そして幕張匠も消えた。それを受けてか、会長は体調を崩し、その隙に幕張家の人間はハゲタカが貪るようにグループ会社を食い尽くし――最後の会社が他の財閥に吸収合併されると同時に、幕張グループはその歴史を閉じた。


「俺が聞いたのは、正確には桜坂が幕張家に出入りしてたって話。従兄弟――ってわけでもなさそうだし、それが本当だとしたらまあ使用人かとも思ったんだけど、その反応は元カノのほうかな?」


 どうやら、元カノという部分は鎌かけだったらしい。やっぱり、この人は怖い人だ。


「……だからただでやられるような弱い女子じゃないって?」


 とはいえ判断するには少し尚早(しょうそう)じゃないだろうか、暗にそう告げたけれど、クックと松隆くんは喉の奥で笑った。


「だってそうだろ。彼は、幕張家の跡取りを自称するハゲタカ連中を前に、たった十三歳かそこらで大立ち回りをしてみせた、正真正銘の跡取りだったわけだよ。その関係者が、ちょっと閉じ込められたくらいで大人しくするたまかな?」


 ついでに桐椰くんを怖がることもなかったし、こんな俺達との契約をのんでるし、と別の要素を出されて、少し納得した。確かに、一見して不良みたいな桐椰くんを怖がらず、挙句よく知りもしない御三家と契約を結んでるなんて、我ながら豪胆(ごうたん)だ。


「実際、さっきの無名役員の腹部には上履きの汚れもあったし。桜坂が蹴ったんだろ、よくやるよ」


 そういうところまで想定して目をつけていたんだ、そう聞こえてきそうなほど確信に満ちた声だった。

 知る限りの情報を頭で総合して答えをはじき出し、ギリギリを攻める。その頭の切れに、悠然と座る姿も相俟って、リーダーとしての格を見せつけられた気がした。


「ま、あれが土壇場での度胸だったかどうかは別として、少なくとも桜坂を選んだ俺達の目に狂いはなかったってことだ」


 結果が目論見(もくろみ)通りであれば、文句はない。その声音はは取引相手としての冷静さと無関心さを同時に(はら)んでいた。

 利用した挙句に見込み通りだったので満足した、なんて、本当は文句のひとつでも言ってやりたい気分だったけれど、それ以上に感心してしまっていた。やっぱり、この人はあの御三家のリーダーだ。


「……私と幕張匠の関係って、桐椰くん達も知ってるの?」

「いや、知らないよ。どうかした?」

「知られたくない」


 だったらせめて、バレるのはこの人だけでいい。
< 66 / 239 >

この作品をシェア

pagetop