御三家の桜姫

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「で、桜坂、その眼鏡どうする? もしかしなくても、半分俺のせいだよね?」


 少しだけばつの悪そうな顔をされて「いやあー……」と返事に困ってしまった。確かに、松隆くんがなにもしなければ(ゆが)むことはなかっただろうけど、そんなことで松隆くんを責めるつもりはない。


「桜坂が気にしないなら俺が弁償するけど」

「え、いいよ別に。あ、いいっていうのは弁償しなくていいって意味ね。もとはといえば生徒会のせいだし」

「そういう意味ならなおさら俺がするかな。アイツらは無名役員だし。相手が笛吹なら微々たる出費をさせたけど」


 金出さないだろうから話をするだけ面倒だ、と松隆くんは腕を組んで溜息を吐いた。無名役員なら弁償させないってことは、やっぱり御三家は一般生徒の味方の側面もあるのかな。


「松隆くん、一般生徒とか無名役員には優しいんだね!」

「カスでも数いればいつか何かの役には立つからね」


 涼しい表情とあくどいセリフに私の笑顔は凍った。前言撤回、御三家の辞書に情けはない。

 それはさておき、と松隆くんは長い足を投げ出すようにしてソファの背にもたれた。


「透冶のことを知りたいだけなのに……意外と面倒が多いな」

「……その、実際進展はあるの? そうじゃなくても当てとか……」

「今のところ、会議資料に不自然な点はない。会計収支は合ってるし、前年度までと比べて極端な変動もない。となると、あと残ってるのは生徒会役員の寄付金の使途(しと)だね」

「寄付金のことも会計資料に書いてあるんじゃないの?」

「寄付金は額が大きいから、毎月の細かい予算にはそんなに使われないんだ」


 つまり、どこか使われる場面が決まっている? 表情に出てしまったのか、松隆くんはクスッと笑った。


「来月の学校行事、なにか分かる?」

「学校行事……」


 そういえば、六月は花咲学園の──。


「文化祭だ」


 松隆くんの口の端からは怪しい笑みが零れる。


「なにせ祭りだからね、公立高校とは比べものにならない予算が各クラス、各部に配分される。去年の文化祭段階では透冶は生徒会役員じゃなかったから、その意味では結局無関係かもしれない。でも会計が動く最大のイベントといえばこれだ」


 立ち上がった松隆くんは、教室の後ろにある本棚から二冊のドッジファイルを持ってくる。ドンッと音を立ててセンターテーブルに置かれたファイルのうち、一冊の中身は、去年の文化祭のパンフレットから始まっていた。花弁が散りばめられたカラー表紙の左には縦書きで“つぼみ”、右端には横書きで“花咲学園文化祭”とある。
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