ゆれて、ふれて、甘言を弄して
「でも音楽から逃げた俺に、うちの親、なんて言ったと思います?」
「……もったいない?」
「そう言ってくれたのは爺さんと、梨添さんだけです。」
「え····」
「うちの親は、俺に何も言いませんでした。」
俯き加減に、「兄さんたちはブレーンのように育てられてるのに。」と、唇の端を微かに上げる不死原君は、とっても寂しそうで。
大人への対応がこなれていると思っているのは、もしかしたら不死原君が構って欲しいという合図なのかもしれない。
自分の親に引きとめて欲しいのに引きとめてもらえない寂しさ。なんだかそれがわかった途端、またじわりと目頭が熱くなった。
「これを聞いていたとして、それであの学祭の日、桐生がバックレたって、相当メンタルやられません?」
「…やられるかも。」
「まあ桐生は、俺の過去は何も知らないんですけどね。」
「……」
不死原君が笑いながら言った。
きっと、話が重くならないように、うまく伝えてくれているのだろう。
私が自分の重い過去をあれだけべらべら話してしまったことが恥ずかしい。不死原君のお陰で恥ずかしい大人が明るみになってしまっている。
でもやっぱり彼は、絶妙のタイミングで私を気持ちよくしてくれるのだ。
「だから、あの日、梨添さんが来てくれて。ほんと、嬉しくて…」
不死原君が、くっと息を呑み込むと、ばらばらだった指を揃えた。その指たちに力が入っているのが分かる。
風見さん同様、私に断られたことを根に持っているはずなのに。
不死原君は何度でも攻めて私を引きずり出してくれる。
例え負け戦だとしても。