ゆれて、ふれて、甘言を弄して
バツイチの事実を知る人事の風見さんに、入社当初、派遣のタイムカードを貰いに行った日に言われたセリフは今でも忘れられない。
『梨添さんて色んな男知ってそうだよね。』
それを機に、幾度となく私のこめかみにヒビが入ることとなる。
『キャリアカウンセラーの資格持ってても活かさないと意味ないよね?今まで何してきたの?』
『へえ、薄い黒のストッキングねえ。今日も女でいたいんだね。』
学生の桐生君にからかわれるのとはわけが違う。
あれは"からかい"。これは"ハラスメント"。
風見さんは一般常識と社会のマナーを学んできたはずのいい大人だ。34歳は言っていいことと悪いことがある。
何かバツイチの女にトラウマでもあるのか、とにかく私に悪意があるのはバレバレで、それをこれ見よがしに、これでもかと突いてくる。
それでも金本さんは今、彼に夢中。風見さんはつり目が特徴的な個性派のイケメンらしい。私にとっては個性が強すぎてワカラナイ。
同じ正職員同士で年齢も上ならば、当然金本さんより風見さんの方が年収も上だろう。
それならばお邪魔な私は、今すぐここから立ち去るのがいい干物ってもん。
「じゃあ、私は先に行きますので。」
「あれ?もう食べたの?大食いだし早いんだね梨添さん。」
「……」
こういうのは無視するのが正しい。
相手との会話を長続きさせない秘訣が"沈黙"だ。これ、キャリアカウンセラーの資格取得時に学んだこと。
でも金本さんと風見さんのお陰ではっきりと分かった。
私のような『赤鼻のトナカイ』はやっぱり不死原君からの誘いは断るべきなのだと。
構内のトイレの前にある全身鏡に、自分の姿が映る度に思う。
なんて惨めな姿。