ゆれて、ふれて、甘言を弄して
「じゃあ、今日のレッスンはこの辺にしておきましょうか。」
「はい、ありがとうございました先生。」
席を立ち、軽く頭を下げると、重力で自分の髪の毛も前に垂れ下がった。
そのまま鞄を床から持ち上げて、少し髪の毛で隠れた顔を上げて、そこで一言、『…クリスマスイヴのことなんだけど、』
しんみりとしたこのフレーズでいけば、『あ、俺断られるのかも、』と心構えをできるはず。
いやおい、はは幻想を抱きなさんなりいほ。
だからね?そこまで不死原君は構えて誘ってきてないってば。
軽い気持ちで誘ってきてるから。実にフェザーな気持ちで。
だから私も、改まって申し訳なさそうに言うよりも、軽いフレーズで伝えないと。
「…あ、あのさっ、不死原くんっ」
「……はい?」
「……クリスマスイヴのことなんだけど、さ、」
「……」
時計の秒針が聞こえて、さっきまでの連弾が幻想であったのかのような静けさ。
不死原君のおじいさんの家は日本家屋で、日本アンティーク家具の古い匂いと、いつも石けんの香りのする爽やかな不死原君が一見ミスマッチしているのに、木製ピアノに触れる彼の指はいつも慣れきっている。
彼が血の繋がりのあるおじいさんのピアノに溶け込んでいる、というよりも、そのピアノがすでに不死原君に染められているのかもしれない。