ゆれて、ふれて、甘言を弄して

「梨添さんは特に変化がなさそうで安定してるよね。」

「……はい。」

「安定志向の女に限って、不安定な派遣で満足しちゃってたりするんだよね。」

「……」


前にいる金本さんの背中が少し丸まった気がして、それに気づいてしまえば、エレベーターの箱が気まずい空気で充満していく。


私が冗談で流して、金本さんのように「あはは。」と笑えば違ったのだろう。


大人になれない私は、早くこの空気よ循環されろと天井にある換気口に願いを込めながら、ゆっくりと点滅していくボタンを見つめることしかできなかった。


こたつの中の柱って、ほんと邪魔でしかない。



でも隣にいた榎戸さんが、その低く通る声で、風見さんの背中にくさびを打ち込む。


「風見、俺、今年のハラスメントバスターズなんだけど。」

「…は?」

「今年は俺と就職センターの舘松さんがハラスメント対策委員だから。」

「なんだよそれ。」

「その名の通り、社内と学内のハラスメントを見つけ次第次長と学長と学園長に報告する委員会。」


"バスターズ"を咄嗟に"対策委員会"に言い直した榎戸さん。本当の正式名称はどっちだ。


「ああそういえば舘松さん、今年ハラスメント対策委員になったから仕事が増えたって嘆いてましたよ~?」

「へえー…、そんな委員会があるんだね。」


金本さんが私の方を振り返り、軽く笑顔を見せた。


知らなかった。まあこの時代、どの会社にもそういうのがあるのかもしれないけれど。とりあえず正式名称は対策委員の方だということが分かった。


「俺が?ハラスメントしたって?牽制かよ榎戸。」

「牽制じゃない。イエローとレッドのダブルカード。」

「はいはい、ゴメンなさいね?」


金本さんと私にじゃなくて、榎戸さんに謝る風見さん。

『人がゴミのようだ』と見下すような目で、『人ゴミに紛れたら皆同じだ』と普通のことを言っている感じだ。






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