ゆれて、ふれて、甘言を弄して

「はい、弾いたんで教えてください。本当は梨添さん、ピアノ経験ありなんでしょう。」

「…正解。もう小さい頃の話だけどね。何でわかったの?」

「梨添さんの指使いをよく観察していたので。」

「あはは、その言い方なんかやらしー。」


やらしーなんて言葉が出る私の方がずっとやらしー。

不死原君よりもずっと不死原君の指を観察してるのは私の方だよ?今だって自分の目がずっと君の指、追ってるもん。


「俺の下心は土に埋めとくとして、」


彼の鍵盤を触っていた右手が、私の前にやって来た。

左手はずっとマライアを弾いたままで。


「クリスマスイヴ、俺と一緒に過ごしませんか?」


合意の握手を求めている右手、だ。


「……は、」

「あ、左手は保険です。断られたらすぐにまた右手も一緒に演奏できるように。」


さらりとした誘い方。

私が、ピアノを弾く君の指が好きなことを君は理解していて。

演奏しながら誘われるなんて、最高のシチュエーションじゃない?


「…じゃあ土に埋めた下心が、あっという間に芽を出したらどうするの?」

「…俺はそういうキャラで通してないのに。梨添さんの誘導戦には恐れ入ります。」

「あはは」


こうやっていつも不死原君は私を立ててくれる。

あたかも私が優位にいるような言葉で持ち上げて、私を気持ちのいい場所でのんびりとさせてくれる。

この癒しを失いたくないし、これが恋愛関係になったらきっと後悔する。


私も、彼も。


だから私は、彼の誘いを断るのだ。





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