ゆれて、ふれて、甘言を弄して
台車を引きながらバトル参加型の金本さんと歩いていると、ちょうど第3講堂の前を通りかかった。
そこから出てきた2人組の男の子が、金本さんに話しかける。
「今バスケしてんです!」
「金本さん今度応援に来てね!」
モブキャラにも女を振りまく金本さんの影からそっと講堂の中を見れば、舞台袖にはちらりとグランドピアノの切れ端が見えた。
普段はバスケットゴールと舞台とマイクしか使われることのない第3講堂。
あの時、学祭のどこかで不死原君のピアノの音色を聞いた学生は、ああ、あそこにピアノなんてあったのかと気付いたことかもしれない。
でもあの時、あのピアノを弾いていたのが不死原君だったという事実を知っているのは、できれば私だけがいい。
あんなに高度な英雄ポロネーズがこの学校で弾けるのは、不死原叶純だけなのだと。
その事実を知っているのは、私だけでいいのだ。
今にも溢れそうなこの思いは、『好き』という、たった2文字で片付けてしまえるほどのものではない。
きっとこれは、『大好き』の3文字だ。
オーバー30のバツイチが、可愛らしくその3文字の魔法を唱えてもいいのだろうか?
不死原君に呪詛だの呪いだの言われないだろうか?榎戸さんの『ホイミ』の3文字の方がずっと需要がある気がする。
ブラックフライディの反省文と、それに伴う告白の言葉も、締切り間近の小説家のように何度も書き殴って練習したい気分だ。
パソコンよりも座卓で原稿用紙を破り捨てる姿を想像してしまう私は、一体何時代の人なのか。
泰葉を知っている不死原君といい勝負かもしれない。