ゆれて、ふれて、甘言を弄して
就職センターに帰れば、すでに時計は17時を回っている。
定時が16時30分の私に、課長が、「派遣は早く帰れ帰れ」と急かしてきた。
舘松さんには、
「ごめんね、あの人、自分が早く帰りたいだけの定刻過激団《ていこくかげきだん》だから。」
と半ばギャグなのかよく分からないフォローをされて、私は慌てる振りをして就職センターを後にした。
帰り、購買で本当に原稿用紙を買って帰ろうかと思ったけれど、舘松さんがさりげなく私にフォローしてくれたのを思い出して、私もさりげなく不死原君にメールで謝ろうという決心がついた。
番号しか知らないから、ショートメッセで。
駅まで歩いて行く道で、早くメールを送りたい気持ちになって、文字を打って、書いて、打って。一旦メモアプリに下書き保存。
そこから家に帰るのとは反対路線の電車に乗って、行先も決めないまま、またメール文を考えて、書いて書いて、一旦下書き保存。
一旦保存のタイミングで着いた駅に降りてみた。ぶらり一旦保存の旅。
アパートで独り暮らしをしている私は、平日から平気でこういうことをする。金本さんの平日合コンよりも"地味"だと言われかねないけれど、私からしたら"つつましい"女の過ごし方だと思う。
地味=つつましい。私はなんでも言い換えればいいと思っている。
初めて降り立つ駅で降りれば、途端に風が吹き荒れた。
いつの間にか一昔前の流行りになっている5年前のロングコートでは、寒いったらありゃしない。
今や韓国っぽさがハイカラファッションらしい。うちの大学の女の子たちも、こくのあるピンクや、まろやかブルーをまとっている。
さすがに31歳が着てたらもっと寒くなるか。はい、一旦保存。