ゆれて、ふれて、甘言を弄して

で、貪欲さを追求した結果、外に出る頃には、私の全身は干物ファッションになっていた。


ロングコートを脱いで分厚いフリースをコート代わりに、下の膝上スカートを脱いでゆるめの暖パンに。


違う。あきらめたとかじゃない。


一旦外に出てみたらあまりにも寒すぎて、もう一度店内に戻り、そのまま買ったものを装備しただけだ。試着カウンターであやうくクエストを受注するところだった。


ルームウェアとして買ったものをそのまま着ていくって。装備という意味も含めて勇者だよなあ。



電車に乗って、今度こそ帰路へと向かう。


電車の揺れを利用して、いいメール文でもおりてこないかな、と座席の手すりにつかまり、立ったままでスマホを見ていた。


すると、当然職場である大学の駅では何人かの学生が乗ってくる。


ここで不死原君に出会ったら私はどうなってしまうのだろう。でも今日は企業説明会でも見かけなかったし、もう夜だし。あ、確か今日は子供ピアノレッスンの日だから。


そんなことを思い出し、安心していると、くっちゃべっている男の子2人組がどかっと座席に座った。


私は少し離れた扉の前に立っていて、ちら、と横目でみやる。


「桐生《きりゅう》今日バイト?」

「おう、19時からバイト。」

「19時から?それで企業説明会出たの?お前って意外に真面目ちゃんだよな。」

「そうかぁ?」

「だって案外就活に必死じゃね?」

「そら就職しないと彼女に怒られっし。」



桐生君だ。桐生孝雄だ。


まずいな。この恰好で私だとバレたら、ここぞとばかりに弄られて、『勇者』とあだ名をつけ兼ねられない。


背中を向けたまま、なるべく俯いて、ずっとスマホを見ている振りをする。




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