ゆれて、ふれて、甘言を弄して

その日の夜、私は独り暮らしのアパートで、下書き保存を繰り返したメールを彼に送った。



『金曜日は逃げてしまってごめんなさい。でも楽しかったです。』


本当は『今週のレッスンもよろしくお願いします。』って一文を付け足したかった。

『大好き。』の3文字も。


でも、私の人差し指には、その勇気がなかった。

それでもしメールが返ってこなかったら、"もう二度と会いたくない"って言われているような気になりそうだから。



恋にも人にも臆病な私は、お望み通り、きちんとみなまで話ができない適当な大人になれている。


よく考えてみれば離婚した時からそうだったかもしれない。結局私は、彼にみなまで告げずに離婚したのだから。


適当な大人になれて嬉しいはずなのに。


そのまま自分の人生をさかのぼってみると、ずっとずっと最初から適当な気がしてならないのはなんでだろう。


自分は真面目で、親の言うことはきちんと守ってきたはずなのに。


元旦那にだって合わせて、聞き分けのいい奥さんになれていたはずなのに。


私はもしかすると、生まれた時から自分の言いたいことも言えない、適当な人間だったのかもしれない。






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