ゆれて、ふれて、甘言を弄して
舘松さんは私を派遣という括りで片付けようとはしない。『限られた範囲内での仕事』ではなく、『舘松さんのサポート役』を常に探してくれているのだ。
年齢差のある学生とも真摯に向き合い、少しでも職場の女性たちが働きやすい環境を作ろうと働きかけているし、こういう人が上司で本当に良かったと思う。
こういう、仕事の鬼みたいな人が上司で。
でもつい一昨日のこと、実は舘松さんに暴露をされた。
『…梨添さん、実はね、私、お腹の中に赤ちゃんいるの。』
『…へ。』
『3月いっぱいで一度産休に入るから、4月から色々とよろしくね。』
なんともにこやかにそれを伝えた舘松さん。
舘松さんと出会ってから、私が初めて見る顔。
まさに寝耳に水。舘松さんが結婚していることは知っていたのに、その可能性については全く考えていなかった。
仕事の鬼って凄い。一切そういう空気出さないんだもん。
廊下まで出てきて、私に倉庫の鍵を渡しにきてくれた舘松さん。冷えないように、大きめのストールを肩にかけている。
この間までひざ掛けもストールもなかったのに、一昨日あたりから急にぬくぬくした恰好が目につくようになった。もしかしたら私になかなか言えず、妊娠していることをあえて隠していたのだろうか?
舘松さんがいなくなれば、当然私は不安になるだろうから。
デスクの方へと帰っていく舘松さんの背中を拝みながら見送っていると、確かにその背中は以前よりも丸みを帯びている。
「舘松さん!ちょっと自己PR添削してほしいんですけど!」
桐生君だ。
廊下にいる私を通り越して、ちょうど入り口から入って行く舘松さんを追いかけた。
「ああ、こんにちは桐生君。」
「こんちわって、え、…ええっ??!」
桐生君が振り返った舘松さんを見て、静かな就職センターで声を上げる。
「舘松さんっ、もしや、妊娠されてる…?」
「……え、うん。すごいね、桐生君、よく分かったね。」
「いや、うちの姉貴も今妊娠中だから、ってかお腹みれば分かりません?」
「いや、案外気付かれないもんだよ?」
「そうっすか?いや、おめでとうございます!なんかすげえ意外っすね?!」
桐生孝雄。すごいな。めちゃめちゃ切り込むしぶっこむな。
若いから許されるのか、それともあの悪意なきテイストだから許されるのか。さすがコミュ力孝雄は入口からして違う。