ゆれて、ふれて、甘言を弄して
「ありがとう。意外?そう?」
「なんか、舘松さんもそういうことすんのかって。うん、いや本当におめでとうございます。」
「そりゃあ、結婚してればそういうことも1回くらいはするでしょう。」
舘松さん、百発百中か。
じゃなくて、学生って妊娠という神秘にも頭の中パッションピンクになるのかよ。
でもさすが舘松さん。42歳課長代理なだけあって、クソガキへの対応も完璧だ。
舘松さんと桐生君の背中を見送り、ようやく倉庫の片付けに取りかかる。
ふう。
あれ?舘松さんが産休に入ったら、模擬面接やカウンセリングができる貴重な人材が減るよな。
もしかして『4月から色々とよろしく』って、私が舘松さんの代わりの仕事をするってこと?
いや、まさかな。私は派遣で入っただけだし。
就職センターの中でも、キャリアカウンセラーの資格を持っている人材は少ない。
異動のある正職員が、配属されてからその部署特有の資格を取得するには当然時間がかかるし、何より強制ではない。
舘松さんは元々キャリアカウンセラーの資格を持っていたわけじゃない。仕事の鬼だからこそ、この部署に配属されてすぐに取得したのだそう。
親に対抗する手段として取得した私の不純とは比べものにならない。
ただ、仕事に対する熱意は私にだってそこそこありますよ?例えそれが段ボールの山を綺麗に整えることであるとしても。
これを制すれば、唐揚げ弁当が食べられるのだから。事前にカロリー消費して、唐揚げ弁当で精算できるのだから。
そんなことを思いながら、私が段ボールの山に立ちはだかり、仁王立ちしていた時だった。
「梨添さん、なにダンボール相手に主従ごっこやってるんです?」
「うぁっ、って金本さんか!よかった金本さんで。」
「私も手が空いたんで手伝いますよ?」
「え、…ほんと?」
力仕事は極力無視する金本さんからの、非常にレアな申し出だ。
あの暴露大会から金本さんとの間には相応の距離感ができた。というよりもむしろ、前より寄ってきてくれるようになったという意味で、距離間が縮まった。
接する機会も増えたから、私も自然と就業中でもタメ語になってしまう。
「…梨添さん、風見さんて、どう思います?」
「…え?どう思うも何も、南極観測隊に入ってしばらく帰ってこなければいんじゃない?って入社当初から感じてるよ。」
あれから風見さんとはすれ違っても、何も話してこなくなった。目すら合わせられないくらいに。
いや、私が寄せ付けないオーラを出してるからかもしれないけど。
「それはつまり、接点が、ただ地球に存在している生き物であるというだけだと、そういうことですか?」
「でもよく考えたらさ、地球上に一緒に存在している時点で、それは同棲してるとも言えてしまうかもしれないよね。」
「人類みな兄弟って?ちょっと話が急に哲学で何が言いたいのかよく分かりません。」
私だって何が言いたいのかよく分からない。もう風見さんのことは思い出したくもないのだから。