リライト・ザ・ブルー
「……何の話してるの?」
もちろん、目の前の胡桃は苛立った顔で、口元を歪めるばかりだ。
「英凜が何言ってんのか、全然分かんないっていうか、本当に話通じてないんだ? もういい、二度と話しかけないで」
「……ちゃんと、忠告したからね」
「うるっさいな! なんで英凜が偉そうにあたしに説教してんの!?」
胡桃は両手を机に叩きつけ「英凜はさあ、最初からそうだよね」とまくしたてる。
「勉強できて当たり前、守ってもらって当たり前、大事にしてもらって当たり前! そういうところ、本当に直しなよ? 自慢話だっていい加減にしてよ、聞く側がうんざりしてるって分からないわけ?」
「いまはそんな話はしてないでしょ」
「は、じゃあ何の話してんの? 正直に謝れば許すつもりだったのに、なんでたったそれだけのことが言えないの? 他人に迷惑かけるなって親に教わらなかったの? あたしはいつも言われて育ったけど!」
ぱちくりと目を瞬かせてしまったのは、そのセリフに覚えがあったからだ。未来の胡桃が私の依頼者を中傷したメッセージには「正直に謝罪してくだされば許すつもりだったのに、たったそれだけのことを言ってくださらないのですね。しかしこれ以上、私はこの件についてあなたを晒し上げるつもりはありません。他人に迷惑をかけるなと言われて育ちましたので」とあった。証拠として集めたからよく覚えている。
本当に、胡桃は、過去でも未来でも、まったく変わっていないのだ。
私が黙ったのを論破と勘違いしたのか、胡桃は勢いづいた。
「そうやって、自分の悪いところを認められないで、侑生のことも、あたしのことも傷つけて、それなのに平然としてるなんて人として有り得ない! 英凜なんて――」
「おい、牧落」
ハッと振り向くと、開きっぱなしの扉の向こう側に、苛立ちを隠しもしない侑生が立っていた。
「英凜が黙ってんのをいいことに、ぎゃあぎゃあうるせぇヤツだな」
「侑生、私は大丈夫だから――」
「言いたいことがあんだよ、俺も」
大股でやってきた侑生は、さっき私がされたことの仕返しだと言わんばかりに、その手を机に叩きつけた。
「お前、今朝、英凜が昴夜に近付くために自分と仲良くしてたって言いにきたらしいな。お前痴呆か? 最初にうちのクラスにきたのはお前だし、昴夜と付き合ってんのを理由にうちのクラスに入り浸ってたのもお前だろ。英凜がいつ、お前にすりよった?」
「は、何言って」
「英凜が昴夜の名前呼んでるだの仲良くしすぎだのってのもそうだ。お前はどうなんだよ、俺はお前に名前呼んでいいなんて言った覚えはないし、誕プレだって押し売りレベルに迷惑だ。第一、今まで用意したことなかったのに、俺が英凜と付き合った途端にご丁寧に手作りを渡してくんだもんな。一体何のアピールだ?」
胡桃の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。戦慄く唇から「なにそれ、そんなの全然、なんでもない」と言葉が零れたけれど、まとまりがなさすぎて文章になっていなかった。
「大体、お前は浮気だなんだって喚いてるけど、昴夜が勝手に英凜に手出してんだろ。責めるならテメェの元カレを責めろ」
胡桃と昴夜が別れたことは、まだ広まっていなかったのだろう。周囲の子が「え、胡桃、桜井くんと――」と困惑を口走った。
「で、俺はクリスマスに英凜と別れてる」
えっ、と私は声を上げそうになってしまい、慌てて口を噤んだ。
「お生憎、お前がどんだけヒデェ噂流そうが、俺と英凜には関係ねえよ。……昴夜の件だって一ミリも関係ない、受験に集中したいから別れたいって俺が頼んだし、広めないでくれとも言った。勝手な想像で暴走すんのは好きにすりゃいいけど、他人巻き込んでんじゃねーよ」
そう締め括った侑生は、少し唖然としたままの私を振り向き「帰ろう、もうコイツと話すことねーだろ」と廊下を示し、私の返事も待たずに歩き出した。侑生が教室を出て、私がその背中を追いかける頃になっても、胡桃とその友達の話し声は聞こえてこなかった。