リライト・ザ・ブルー
「例えば、牧落がやったことなんて、大騒ぎになるのが目に見えてる――英凜を傷つけたくってやったのが丸わかりだ。でも昴夜のことは……言ってしまえば、俺がそもそも英凜に告ったのが間違いだった可能性もある」
「……間違いなわけないでしょ」
「でも、俺が告らなければ、多分昴夜が英凜に告ってた。そしたら未来はまるっと変わってた。俺だって、英凜と付き合ったら昴夜を失うなんて言われたら、まあ告んねえから。その意味で“間違い”だったんだと思う」
気持ち悪いから昴夜に言うなよ、と侑生は苦笑しながら人差し指を立てた。
「でも、マジで結果論だろ。勉強みたいに、解説見て答え合わせしてやり直して、次に生かせるもんばっかじゃねーし、満点とんなきゃいけないテストが待ってるわけでもない。その時々でちゃんと考えてやったことなんだから、後から間違ってたなんて否定しなくていいよ」
私にだけ向けられる優しい目が、柔らかく細められる。
「英凜のいう過去でも、英凜は誰かを傷つけようとしたわけじゃないだろ。俺と付き合ったから言えなかった、昴夜を心配させたくなかったから言えなかった……歯車ひとつ狂えば違う未来が待ってて、英凜のやったことだって間違いじゃなくなってた。その程度のことなんだから、そんなに自分を責めなくていいよ」
ずっと、昴夜のことを好きだった。今だって、会えば懐かしさも愛おしさもこみ上げる。
それなのに、それが純粋な恋心でなく、後悔の閊えとなっていたのは、いつからだったのか。
それを見透かした言葉に、涙が溢れて止まらなくなった。人目も憚らず泣きじゃくる私に、侑生は狼狽することはなかった。ただ、まるで道の端に寄せるためのように軽く肩を抱いてくれた。
「タイムリープしてすぐ、俺に会ったとき、英凜は俺に謝ったよな。……でも、謝ることなんて何もなかったんだよ。俺は、英凜と付き合えて幸せだったんだから」
「ずっと、昴夜のことを、言えなかったのに?」
「……俺は多分、ずっと寂しかったんだけど。英凜と付き合い始めてから、家に帰って、ひとりで、なんだかなあって虚ろな気持ちになることがなくなった。英凜が俺を好きじゃないって分かっても、それと同じくらい俺を大事にしようってしてくれるだけで、それだけでも充分で、寂しくなんかなかった。……いや、もしかしたら、昴夜を好きでも絶対に俺を捨てようとしない英凜に、救われてた」
本当に? 昴夜が言ったとおり、本当に、侑生は寂しくなかった? あの頃の私は、侑生を傷つけてばかりではなかった?
「……大丈夫だよ、英凜」
頭の上から、侑生の声が響く。
「俺は――俺だけじゃなくて、きっと昴夜も、誰も英凜を責めてない。英凜がミスったわけじゃない、そんなこと言ったら俺だって昴夜だってミスってる。だから、英凜ばっかりそんなに過去の俺達に縛られなくていい」
英凜はなにも悪くない、だからあんまり泣くなよ――また、あの日のセリフを思い出す。
ずっと後悔していた。ずっと私が悪かったのだと思っていた。でも、侑生は最初から――最後に会ったあの日から、私が後悔し始めたあの日からずっと、否定してくれていたのだ。
昴夜への恋心は引き摺っても、過去への後悔ばかり見つめて泣き続けなくていい、そう言って。
「……遅くなったけど、俺達、別れよう。周りの連中にはクリスマスってことにしたままで、本当に、今日までで終わり。俺の我儘に付き合ってくれてありがとう、英凜」
泣きすぎて返事ができず、ただ激しく首を横に振った。
「侑生」
「なに」
「……大好き」
侑生は、それを私の涙ごと笑い飛ばした。
「俺と別れたことも、後悔するなよ」