リライト・ザ・ブルー

 シーソーシーソー……。その音は家の中に響き渡り、そして消えていく。じっと待っていたけれど、家の中からは物音ひとつしなかった。

 ……留守か。肩を落とし、でももう一度インターフォンを押し、でもやっぱり昴夜が出てこないのを確認して背を向ける。“残念ながら会えなかった”……明日も来ようかな。そんなことをするならメールをすればいいのだけれど、その勇気はない。

 十三年前の三月十二日、侑生に会った昴夜は、私に対して「付き合わなかったことにしてほしい」という伝言を残した。“同級生を殺した少年”として今後追われることになる昴夜の、それが優しさだということは分かった。だから何も連絡しないでいたけれど、逆に“昴夜は新庄を殺した犯人ではない”と明白になった後は構わないと思った。ただの同級生に対して、卒業した後にたまにメールをして何がおかしいものかと。それでもずっと返信はないままで、でもいつか、なにか一言でもいいから返してくれないかと願って送り続けて一年ちかく。

 ようやく返ってきたのは“Mail delivery subsystem.”――送信エラー。

 だからきっと、私は怖いのだ。そんなはずないと分かっていても、昴夜にメールをして、その三語が返ってきて、十四年後に戻ってしまうのが……。


「――ら……てんじゃねーよ」


 駅に着いたとき、ガラの悪い声が聞こえて顔を向けた。駅ととんかつ屋さんの間にある小道の奥に人影がいくつか見える。


「とっとと出せよ」


 その影が別の影を蹴りあげるのが見え、あ、と小さく間抜けな声を出した。カツアゲか。確かにそれに最適の場所だ、駅の影になっていて私が立っている場所くらいからしか見えないし、電車がくれば音も声も聞かれないだろう。……なんてその魂胆を汲み取ることができてしまう自分が怖かった。イヤな仕事に就いてしまったものだ。

 それはさておき、どうしようか……警察を呼ぶことに抵抗はないけれど、すぐには来てくれないだろう。私が三十歳なら間に入って止めてもいいけれど、女子高生が行くと被害者が増えるだけ……。


「……何見てんだよ」


 気付かれた。三人分の視線に反射的に驚きはしたけれど、怖くはなかった。弁護士バッジに守られていないとはいえ、前科八犯の窃盗犯と比べればカツアゲをする高校生など子どものようなものだ(現に子どもだけれど)。

 そしてこの手の子達は面倒事が嫌いなのだ。通報してもいない携帯電話を軽く掲げてみせた。


「警察、()()()()()よ」

「は?」

「うそこいてんじゃねえよ」


 言い回しも、まるで田舎の悪ガキだ(現に田舎の悪ガキだけれど)。ズンズンと地ならしでもするような乱暴さで歩み寄ってきた二人は、額を突き合せるように私の顔を覗き込んだ。むわりとした汗のにおいが鼻をつく。
< 17 / 31 >

この作品をシェア

pagetop