リライト・ザ・ブルー

「……え?」


 なにが、起きている?


「……どうしたの?」

「あれ、私……」


 声は、出る。喉に手を当てて「あー」と声を出す、ちゃんと出る。ちゃんと振動も伝わってくる。それなのに。


「私、……――……」


 「好き」を口にしようとした途端に、声が出ない。


「……夏風邪?」

「ううん、そうじゃなくて」


 ほらやっぱり、「好き」でなければ声が出る。

 混乱している私の前で、昴夜が困っている。


「……ちょ、ちょっと待って」


 慌ててガラケーを引っ張り出し、新規メールを作成して「すき」を打とうとしたけれど、何度押しても入力できない。適当な文字を打つと入力できるから故障ではない、ただ「すき」だけが入力できないのだ。既存の文字を繋ぎ合わせてはどうかと適当なメールを開こうとしても、開けない。

 一体、どうなっている。愕然とガラケーを握りしめていると、昴夜が場をもたせるように頬をかいた。


「……こんなとこで何してたの? 俺に用事だった?」

「……用事」

「あ、そなの? ちょうどバイト行ってた、ごめんごめん。そうだ自転車」


 昴夜は、カツアゲ三人組に殴りかかると同時に捨てた自転車を起こす。


「もしかしてうちまで来てた? うち来る――……って、ごめん、言いたいとこだけど今から侑生達が遊びにくるんだった」


 ハンドルに腕を預けながら、その顔が渋くなる。


「侑生がきて、うちに英凜がいるとマズイよね……いや俺はいいけど。なんもやましことしないからいいんだけど。アイツほら、嫉妬深いから」

「…………」

「え、本当だよ? 俺やましいことしないし、侑生って見た目よりガキだよ?」

「……ううん」


 侑生は私が昴夜を好きだったって知ってるから――そう言いたかったのに声が出なかっただけだった。


「てか用事ってなに?」

「……用事、は……」


 顔を見たかった。謝りたかった。お礼を言いたかった。抱きしめたかった、抱きしめてほしかった。

 好きだと言いたかった。

 その用事のうち、済ませることができたのはたった一つだけ。


「……終わったから、大丈夫」

「え? 俺なんもしてなくない?」


 なぜ、それ以外のどれもすることができないのだろう。歴史改変がご法度なのはタイムリープにありがちな法則だとしても、例えば、侑生とご飯を作って食べたとか、カツアゲを目撃してしまったとか、今ここで昴夜に会っただとか、そんな些細な違いは生じている。

 その程度なら許されても、あの事件を揺るがす大きな改変は許されないと、そういうことなのだろうか?


「……大丈夫」


 何も分からなかった。分かることは、どうやら私は、いまここで昴夜に「好き」を伝えることができないというだけで。


「……ごめんね」


 できたのは、未来への謝罪を吐露することだけだった。
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