リライト・ザ・ブルー
「で、さっき言ってた縁日行くの」

「行くけど、まだお腹空いてないから後でいいよ。例の牽制を済ませちゃったほうがいいんじゃないかな、二年四組だっけ?」

「そのとおりなんだけど、言い方がな」


 目的地へ向かいながら、展示用の教室に寄り道してみたり廊下の絵を眺めてみたり、私達はゆっくりと文化祭デートを楽しむ。お互いに口を閉じるタイミングはあっても、変な沈黙が流れることはなかった。

 あの頃も、こんな日々を過ごしていただろうか。侑生と付き合いながら昴夜を好きだった、そんな日々を後悔してばかりだったけれど、いまの私が侑生と一緒にいてそれなりに楽しんでいるように、あの頃の私も侑生と一緒にいることを楽しんでいたのだろうか。

 二年四組の廊下には、うっすらと見覚えのある男子がいた。確か苗字は「小滝(こだき)」、名前は……多分聞いたことがない。


「うわ、お前、本当に彼女連れてきたの?」その小滝くんがからかうように笑う。


「一人で来るわけないだろ」

「だから俺らと周ればって言ったんじゃん」

「それも変だろ。長岡(ながおか)は?」


 例の侑生のことを好きな女子の苗字だ。こちらも名前は知らない。


「どっか呼び込みしてんじゃん? チラシ持ってったから」

「あ、そう」

「なんで?」

「いや別に。彼女と来てたって言っといて」

「なにその彼女アピール。彼女さん、雲雀っていつもこんな感じなの?」


 牽制という目的を隠す気もないセリフに笑ってしまった。それを勘違いしたのか、その男子が「うわー、こんな感じなのか。ラブラブじゃん」とわざとらしい大仰なリアクションをとった。


「つかお前、その頭のまんまで来たんだな」

「文化祭だからな」

「お前は客だろ。てかその見た目で頭いいってのが本当に詐欺だよなー。でも彼女さんのほうが頭が良いんだっけ」

「まさか、侑生のほうがいいよ」

「なんだこの褒め合い。女子かよ」


 (わずら)わしそうな顔をした侑生は「ついでにお化け屋敷入ってく」と廊下の前の列に並ぶ。小滝くんは私達の隣を離れないまま「俺達の努力と汗の結晶をデートに使うな」と憤慨してみせた。


「そういえばさ、俺、雲雀の彼女に会ったら聞きたいことあったんだけど」

「やめろよ」

「雲雀のどこが好きなの?」


 この手の質問は、多分付き合っている男女にありがちだ。そのせいで、この質問が現実でもなされたのか、それとも微改変の結果なされたのかは分からない。


「……どこ」

「あ、これは全部とか言っちゃうヤツ――ッテ!」

「だからやめろって言ったろ」


 悩んでしまったのは、恋愛感情がないからではない。むしろ、まるで好きな人の好きなところを訊かれたかのように悩んでしまった。
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