リライト・ザ・ブルー
帰りの電車に乗るとき、ホームの柱に花火大会のポスターが貼られているのを見つけた。タイトルは『令和三年八月一日 一色市花火大会』……もう終わったはずなのにまだ貼ってあるところが田舎らしい。東京だったら、こんなものは花火の打ち上げと共に張り替えられてしまっているのに。
本当に、懐かしい。東京とは違う雰囲気の電車に乗って、座って窓の外を眺める。山より高いものが空以外ない景色は、昔と変わらない。町というのは十余年経てば様変わりするものだけれど、田舎はそうではない。新しいものが入ってこない田舎は、ずっと時を止めているのだ。
たまに、失くなるものもあるけれど。
その景色に、雨粒が割り込む。ほんの少し窓に斜めに貼りついていたそれは、あっという間にバケツを引っ繰り返したような水に呑まれる。でも、遠くの空は明るいオレンジ色に照らされているから通り雨だ。叩きつけるような豪雨に襲われ、電車の音に雨音と雷鳴が混ざり始めた。
……あの日も、大雨だったな。
電車が地下に潜り、見る景色もなくなり、スマホに視線を落とす。ちょうど事務所のアドレスにメールが届いている、担当事件の期日が決まったという連絡だった。手帳を開いて予定を書き込んで――……挟んである紙切れを手に取る。十三年前の週刊誌の見開き一ページだ。
そのページは、〈一色市のレンタル倉庫において、新庄篤史くん(18)の死体が発見された〉という一文から始まる。
〈一色市内を席巻していた当時の“不良”は、まるで反社会勢力の雛であった〉〈彼らの行いは未成年飲酒、無免許運転、暴行・傷害、強姦なんでもあり。その果てが、今回の殺人である。〉――〈事件の犯人はK.Sくん〉。
じっと、その一文を見つめる。〈K.Sくんは、事件の数日後、自ら警察に出頭した。〉……。
暗記してしまうほど読んだそれをもう一度読んで、また手帳に挟んでしまいこみ、涙が溢れるのを止められなくて目を閉じた。
今から十三年前、私が高校を卒業した年の三月十日、同い年の男の子・新庄篤史が殺された。彼は今でいう半グレで、彼が反社の雛だったという表現は誇張でもなんでもない。事件当時も、少年院を出所してほんの数ヶ月かそこらだったはずだ。
その彼を殺した犯人だと名乗って自首したのが、少年K.S――私がずっと大好きだった、桜井昴夜。
昴夜が事件を起こした本当の原因は、週刊誌には書かれていない。どんな捜査資料にも載っていない。
それでも私は、それが“私”だと知っている。
だから、もしも、私があのときに違う行動をとっていれば、昴夜が事件に巻き込まれることはなかった……。
「〈まもなく、中央駅、中央駅……〉」
アナウンスが聞こえて、目を開ける。まだ涙は渇ききっていなかった。
昴夜に会いたい。心に浮かんでいたのはそれだった。昴夜の家は、何度か遊びに行ったことがあるから知っている。ちょうど中央駅から南北線で数駅、そこから歩いてすぐだ。
もうあそこにいないことは知っているけれど、それでも、昴夜がいたあの場所に行きたい。
「〈中央駅、中央駅……お降りの方を先にお通しください……〉」
電車を降りて、地下のホームから階段を上る。近くにエスカレーターはなかった。一段一段に「0.2kcal消費!」と掲出された階段を眺めながら、一歩ずつ上っていく――。
あれ?
その途中で、カロリー消費の表示が消えた。