リライト・ザ・ブルー
「あげるけど、でも目を閉じてください」

「いいけど、ソファでそれってなんか間抜けだな」


 小さめのソファで、侑生が少し体をこちらに向けて目を閉じる。テレビからは序盤特有の雑多な会話が英語で聞こえてくる。字幕を見ていないとほとんど意味が分からなかった。

 そんな雑音を一生懸命脳に入れて緊張を誤魔化し、私はソファの上に正坐するようにして侑生に顔を近づける。

 私から侑生にキスをしたことが、これまでにあっただろうか。

 触れるだけのキスは、大人が子どもに戻っているとは思えないほど幼稚なものだった。


「……これだけ?」


 間近の侑生は、目を開けた。私は、吐息がかかってしまうほどの距離でそのままの姿勢でいる。

 やっぱり、イヤじゃない。私は、侑生にキスをしても、イヤだとは感じない。


「……もっと大人なものをしたほうがいい?」

「そんなことできんの」

「で、できるかは分からないけど……侑生にされた見よう見真似というか……」


 口にしながら、思い出す。私にキスやその先を教えたのは侑生だった。当たり前だ、初めてできた彼氏なのだから。だからそういったことをするとき、私はいつも侑生から習ったことをしてきた――それが侑生以外であっても。

 そんなことを、いつしか忘れていた。


「責任重大だな」

「その気があるなら黙ってください」

「はいはい」


 茶化した侑生がもう一度目を閉じる。そろりと、もう一度唇を近づけた。

 何度か唇だけのキスを繰り返す。少ししてから、下唇を舌でなぞる。唇が開いたのを感じ、そっと舌を入れた。そこから先は、主導権が奪われてしまった。

 こんなことを、何度もしていた。いつも一人の侑生の家で、最初はリビングで、途中から侑生の部屋で、二人きりで秘め事に興じるようにキスをし、肌に触れていた。

 あの頃の私も、いまの私みたいに、この官能に夢中だったのだろうか。

 唇が解放されたとき、私は少しだけ肩で息をしていた。いつの間にか、映画は止まっていた。

 侑生の指先が頬を滑るように撫で、もう一度唇が近づく。熱っぽい目には蓋が落ちた。


「好きだよ、英凜」


 それに返すことのできる言葉を、いまも昔も、私は持っていなかった。
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