リライト・ザ・ブルー
驚きのあまり声が出なかった。唇を拭うことすらできなかった。
「後で送っといて」
侑生は撮られた写真を確認もせず、弁解もせずに私達に背を向け、準備に動き回るみんなに合流しに行った。
私と昴夜が、呆然と取り残される。教室内は「チョコレートケーキどこ?」「家庭科室、誰か行ってきて」「小銭ってこれで足りる?」「テープとって」「ここ、剥がれてるんだけど何があったっけ?」そうやって忙しなく奔走するばかりで、誰も私達のことなんて見ていなかった。
昴夜と昴夜の携帯電話以外だれも、私と侑生のキスなんて見ていない。
でも、なんで、よりによって昴夜。他の誰に見られても冷やかされて終わるだけなのに、どうして昴夜。
誰より一番、昴夜に見られたくないのに。
昴夜は、バツが悪そうに視線を泳がせていた。携帯電話を持ったまま、どうすればいいか分からないように何度も瞬きする。
「…………」
「…………」
「……英凜にも送ろうか」
「いや消し――……、いや……私には、いい、です……」
言葉尻にかぶせて削除を迫ろうとして、でも侑生がこんなことをした理由を考えると言えなかった。
分かっている。侑生は、昴夜に見せたかったのだ。もしかしたら、見せたい通り越してその手元に残そうともしていたのかもしれない。
こうして、私達は平然とキスする間柄だと。
昴夜が頭に手を伸ばし、でも今日はワックスで固めているのだと思い出して、手を降ろす。それからもう少し沈黙したあと、ようやく携帯電話をポケットに突っ込んだ。
「……相変わらず仲良いね、英凜と侑生」
私を好きだった昴夜は、どんな気持ちでそう口にするのだろう。
「……そういう話じゃない」
「……侑生があんな見せつけるタイプなんて知らなかった。あーやだやだ」
カラ元気のような軽口と共に、昴夜も準備に混ざりに行く。残された私は、一人で泣きそうだった。
過去に、こんな場面はなかった。侑生が昴夜の目の前で私とキスしたことなんてどこにもなかったはずだ。それなのにどうしてこんなことが起きるのだろう。未来を変えるどころか、友達以上になることのできない私達の関係を上塗りするかのように。
私は、どうしても昴夜と一緒になってはいけないとでもいうのだろうか。
クラスの喫茶店自体は順調で盛況だった。これといったトラブルはなく、一方で侑生と昴夜の顔による広告効果は抜群で、八割方は二人を目当てにした女性客だった。私が接客をしている間なんて、廊下の侑生がナンパされているのも聞こえた。
「英凜ィ、そろそろ休憩? 更衣室からさー、あたしのケータイ取ってきてくんない?」お昼過ぎ、陽菜が時計を見ながら言う。
「いいよ、どこにある?」
「多分スカートのポケットの中、よろしく」
廊下に出ると、侑生はしつこくナンパされたままでいた。そのせいか、その顔はすっかり不機嫌そうに変わっていて、看板も下ろし、そこに腕を載せて壁に寄りかかっている。
その視界の隅にメイド服の白と黒がちらついたのだろう、私が話しかけるより先に視線がこちらを向いた。
「休憩?」
……いや、先に謝って。急に、しかも昴夜の前でキスしたことを謝って。