リライト・ザ・ブルー

 そう口にしたかったけれど、ここでそんなことを言えるはずもない。


「……そう。お昼のパン、更衣室に置きっぱなしだから取ってくる」

「ん」


 いつもどおりの態度で返事をした侑生は、いってらっしゃいとでもいうように手を振った。

 休憩時間は一緒に回ることになっていたけれど、どんな顔をしよう。いや、最初にキスの話をしよう。仮に私が侑生を好きでも、あれは怒っていいはずだ。

 そうして更衣室に向かう途中「ねー、三年一組ってどこ?」と後ろから男子の声が聞こえた。振り向くと、知らない制服を着た二人組がいる。

 これはナンパに違いない。無視しようとしたけれど「ちょちょ、シカトしないでよ」と後ろから肩を抱かれた。そうして私の目の前にぶら下がったその手に地図付のパンフレットを持っている、馬鹿なのか馬鹿にしているのかどちらだ。


「離してくれませんか?」

「可愛いねー、友達なろうよ。一緒に回ろ、どこのメイドやってんの?」


 ナンパの対処法は上手いことを言おうとせず、ただ無視し続けるに限る。ぐいと腕を押しのけようとしたけれど、さすがに相手の力が強かった。


「離してくださいってば。……ちょっと」


 誰か先生でもいないかな、と手近な教室の窓を開けたけれど、生徒のほかは一般客しか見当たらなかった。

 乱暴に振り払っても大丈夫かな。うっかり殴っちゃったなんてことになっても、十六歳の私の内申点に影響することはないかな。

 そんなことを考えていたとき「ウゴッ」ボコッと鈍い音が響いた。同時に見上げていた顔には肌色の何かがめり込んでいた。そのままドンッガタガタッとその男子は横から吹っ飛ばされたかのように廊下に転がり、近くの女子達から悲鳴が上がる。


「ッテ、なんだよ!」


 まさか悩んでいるうちに本当に手を出してしまったのだろうか。ハッと自分の手と見比べながら振り向いたけれど、そんな馬鹿な話はない。

 犯人は昴夜で、看板を首からぶらさげ、ぷらぷらと手を振っていた。


「メイドさんはおさわり禁止だよお」


 それを見て、過去にも全く同じことがあったと思い出す。あのときも二人組にナンパされ、昴夜が助けてくれた。


「ゲッ……桜井」

「はい、桜井です。うちのメイドさんにおさわりしたのは誰ですか」


 バキバキバキッとその手の中で拳が音を立てる。苛立ちと怒りに満ちたその表情は、助けられた側の私すら震えあがってしまうほど怖かった。


「俺達ちょっと道訊いただけなんで! んじゃ!」


 二人組は、まさしく脱兎のごとく逃げていった。様子を見守っていた野次馬も、それを機にぱらりぱらりと散っていく。私と昴夜だけが間抜けに廊下に取り残された。

 おそるおそる、昴夜を見上げる。詳しいやりとりは覚えていないけれど、過去の昴夜はそのまま怒って立ち去ってしまった覚えがあった。


「……ありがとう」

「んーん。英凜なにしてたの、休憩?」


 でも、いまの昴夜はナンパにしか怒っていない……。ということは、当時の私はなにか気に(さわ)ることを言ったに違いない。
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