リライト・ザ・ブルー
 でも、そうじゃない。このタイムリープは、未来につながる軌跡を書き換えることを、許してはくれないのだ。

 教室に戻ると、いたのは侑生だけだった。キャンプファイヤーの明かりが届かない窓の外は真っ暗で、明かりはついていても、教室の中はどこか薄暗い。なにより、喫茶店の飾りを隅に残した空間には、お祭りが終わったあと特有の物寂しさが漂っている。その空間の端で、侑生は一人、机に腰かけていた。


「おかえり。帰るか」


 私を見て顔を上げると同時に携帯電話を閉じる。戻ってくるのに時間がかかった私のことを(とが)めないどころか、理由さえ聞かずに。

 過去もそうだった。侑生はきっと、私が昴夜と一緒にいたことを分かっていて何も言わない。

 そうして目を瞑る理由が分からなかった。侑生が私を好きでいてくれるからだとは分かっても、そこまでして私と付き合っている理由が、今でもさっぱり、分からない。


「どうした?」

「……今朝、なんでキスしたの?」


 当時の私なら、そんなことは訊かなかった。昴夜を好きだということが後ろめたくて、侑生の前では昴夜の名前を口に出すことすらできなかった。

 侑生は驚かなかったし、気まずそうにもしなかった。


「……それは、なんで学校でって意味?」

「……違うよ」


 侑生は一度口を閉じる。質問の意図が分からないのではなく、答えるべきか悩んでいるように見えた。


「……英凜が」


 昴夜を好きだから――と続くと思った。


「怒ると思ったから」


 でも、違った。それがどういう意味なのかは分からなかった。


「……いや、英凜は怒らないよな。……まあ怒るかどうかはどうでもいいんだけど」


 侑生の視線は、一瞬逸れてから私に戻ってくる。


「どんな態度に出るかなと思って」

「……何を試されたの、私」


 侑生はもう一度閉口した。


「……英凜」


 もう一度口を開く前に、侑生は、手近な机に足を投げ出すようにして座り、膝の上で軽く手を組む。


「……なに?」

「訊こうと思ってたんだけど」


 昴夜となにをしていたのと、問いただされるのだろうか。

 問いただされたとして、答えることは「保健室で怪我の手当てをしていただけ」であって、それ以上でもそれ以下でもない。一緒にいたいというやましさがあったことは否定しないけれど、どうせ何も変えられないことは分かっていた。だから困ることは何もない。

 それでも、ほのかな後ろめたさが心にある。そんな私を、侑生の静かな目が見上げた。


「いまの英凜は、十六歳? それとも、三十歳?」
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