リライト・ザ・ブルー
 喉と胸が一気に絞めつけられたような、そんな苦しさに襲われる。私と付き合っている侑生がそれを口にする、その痛みが喉を絞めつけた。

 この時点の侑生は、それを知らなかったはずだ。でもいま知ってしまっているのは、夏休みに、私が軽率に口にしたから。


「……ごめん、私が――」

「英凜に聞いたからじゃない」


 素早く、言葉尻をさらうように否定する。


「何年アイツの親友やってると思ってんの。見てれば分かるよ。……見てれば分かったけど、ずっと、否定する理由を集めてたんだ」


 喉は、いまにも嗚咽を漏らしそうなほどに苦しくなっていた。


「アイツがあんなにかわい子ぶるのは、英凜の前だけ。遊びに誘うのも、ナンパされてるのを助けるのも、英凜だけだよ。……俺だけはずっと知ってたんだ、英凜が昴夜を好きで、アイツも英凜を好きだって」


 侑生が、私は昴夜を好きで、昴夜も私を好きだと確信していたこと。昴夜が、ずっと私を好きで、その言動のなにもかもが私の特別さを裏付けていたこと。

 私の目から涙が零れてしまった理由が、そのどちらなのか分からなかった。
 そこでようやく、侑生が目を逸らした。視線を手元に落とし、暗く目を伏せる。


「……ごめん、いまは、別れようって言えない」


 今度は胸が痛んだ。それは私の痛みではなかった。

 侑生は、この三ヶ月弱、私と別れることになると知っていた。


「……まだ、整理しきれてない。英凜のいう“過去”で、俺達が別れたのがホワイトデーだっていうなら、ホワイトデーまでにはちゃんと言うから。それまでには、ちゃんと、俺から別れようって言う。だから、それまでは待っててほしい。ごめん」

「……侑生が謝ることじゃない」

「ごねてんのは俺だろ。……それに、英凜側には俺と別れられない理由があるんじゃないの。それだけじゃなくて、昴夜に告白もできないとか」


 侑生の話の速さを、少し恨めしく思った。他の誰相手でもできただろうけれど、侑生にだけは、何を言っても誤魔化せないだろう。


「告ったら未来に戻る?」

「そうじゃないけど、物理的な制約がある。……声が、出なくなる」


 どんな状況下においても昴夜に「好き」を言えないことを説明すると、侑生はまたしばらく黙った。そんな非現実的な、と言いたいのだろうけれど、そんなことを言い始めたら私の存在自体が非現実的なので何も言えないのだろう。


「……そう」


 ややあって、侑生は溜息交じりに頷いた。


「納得した」

「なにに?」

「もし未来の英凜なら、なんで俺と別れないんだろうって思ってた。それだけが仮説を裏付けてくれなかった」

「……制約がないから別れないんじゃないよ」

「でも、告白できたらしてたんだろ?」

「それは……試みたことは、否定しない。ごめん。でも、試みたのは夏休みの……タイムリープした直後のことで……」


 苦しい言い訳だった。侑生に配慮せずに自分本位に行動しようとしたのは間違いではないし、今日だってそうだった。

 それでも、言い訳をしたくなるのはなぜか。この期に及んでいい子ぶりたいからか、あるいは純粋な罪悪感のせいか。
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