リライト・ザ・ブルー

 だからって“どうせ別れるから”と、なんでもかんでもなかったことにしてしまっていいのだろうか。“どうせ別れるから”お揃いのものは買わずにいて、二人の写真も撮らず。侑生と付き合っている間の思い出のうち、形に残るものを少しずつ消していって、そしていつか十四年後に戻ったときには、侑生のことは記憶にしか残らなくなる。それでいいのだろうか? 侑生との過去を消すようなことをして……。

 でも、結局好きにならなかった元カレなんだから、それでいいんじゃないの? ……本当に?

 逡巡を隠すために、簪を見て、悩んでるふりをした。それでも答えを出すことはできなかった。


「俺が選んでいい?」

「え? え、いい、けど……」


 その悩みを、斜め上から無理矢理解決された。

 侑生が選んだのは、青色のとんぼ玉がついたシンプルな簪だった。真鍮(しんちゅう)の二本挿し簪で、同じ色のビーズの飾りがついている。私の好みぴったりだったし、店員さんに勧められるがままにその場で挿せば、よく似合っている気もした。あまり子どもっぽさもないし、安っぽくもないし、十四年後にも使えそうだ。


「……ありがとう。これすごく好き」

「ならよかった」


 薄い笑みをはいたその横顔は、いつの間にか以前の侑生に戻っていた。

 夏休み明けすぐの頃は、大きな口を開けて明るく笑うようになったと評判だったのに、いつの間にかクールな侑生に逆戻りしている。きっと、私のタイムリープに確信を抱いたせいだろう。

 十四年後、私達は連絡すら取り合っていない。私はそう話してしまった。連絡すら取らなくなる“彼女”に、侑生は、どんな気持ちでこれをプレゼントしてくれるのだろう。

 そうでなくとも、自分の親友を好きな彼女(わたし)に、侑生はずっとどんなことを思っていたのか。


「そろそろ札幌戻るか。他に見たいところあれば行くけど」


 ……過去の私と侑生は、運河の前で二人で写真を撮らなかったっけ。


「……侑生はないの?」

「俺は食べるもの食べたから、別に」


 侑生はどこか素っ気ない態度に戻っていて、躊躇うことなく駅へ足を向けた。私も、それをわざわざ引き留めることはしなかった。

 札幌に戻る電車の中で、侑生はわりと早い段階から転寝を始めた。高い鼻を赤くし、マフラーに顔を埋めるようにしながら私の肩に頭を預ける。その顔は、十七歳よりももっと幼く見えた。

 過去の侑生は、どうして私とおそろいのストラップを買ったんだっけ。高校二年生の誕生日プレゼントはネックレスをもらったけれど、なんで今回は簪なんだろう。

 電車が小樽駅に着いて、開いた扉から冷気が吹き込んできた。「あ」という声も聞こえて顔を上げると、乗って来たのは昴夜達だった。

 昴夜と一緒にいる二人は、私と侑生が並んで座っているのを見てニヤッと顔を見合わせ、昴夜は少し気まずそうに視線を泳がせた。その三人は、私の左隣の席を巡ってじゃんけんをして――昴夜が私の隣に座って、他の二人は離れた席に座った。確か、過去でもそうだった。
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