リライト・ザ・ブルー
 次の日、ゲレンデをスノボで滑走していると、隣を轟音と共に別のスノボが滑り抜けた……昴夜だ。侑生と昴夜は身長が同じだから同じスノボウェアを借りている。そのせいで一瞬間違えそうになったけれど、微妙に体格が違うのだ。

 ペースを崩さず滑り降りた先にいたのは、やっぱり昴夜だった。ゴーグルを外して子どもっぽい目を見せながら「英凜、ボード上手いね」と余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な褒め方をする。


「昴夜ってスノボやったことあるの?」

「あるけど、そんな上手かった?」

「上手いよ、みんなが注目しちゃうくらいには」


 ただでさえ綺麗な顔というか、日本人憧れのハーフの顔なのだから、そこにゲレンデマジックでもかけようものなら芸能人みたいなものだ。


「侑生とは一緒に滑ってないの?」

「リフトは一緒だったんだけど、はぐれたみたい。コース間違えちゃったかな」


 ウェアのポケットからゲレンデの地図を取り出す。地図なんてスマホでPDFを見ればいいと思っていたのに、ウェアに着替えた後で自分の手にあるのが携帯電話だと気付いて愕然とした。数ヶ月経っても技術退行には慣れない。

 いま私達がいるのは……とリフト番号に視線を向けていると、“Hi!”だか“Hey!”だか、不意に英語が聞こえてきた。明らかに私達に向けられたその主は、ゴーグルで年齢不詳ではあるものの、髭面のいかにもな外国人だった。

 スーッと滑らかにスキーを滑らせて私達の近くに来たその人が“You’re Japanese, right?”から始めてごちゃごちゃと問答無用で話しかけてくる。なにか返事をしなきゃ、と私が口を開こうとしたとき

“Certainly.”

 隣の昴夜が間髪入れずにこやかに返事をした。

 驚いて顔を向ける間に、その人と昴夜は「中国人かとも思ったんだが」「日本人でも区別つかないことあるからね」みたいなことを英語で話し始めた。唖然とする私の前で「食事って言った?」「そう、和食が好きなんだ、スシとか。どこかいいところを知らないか?」「ごめん、俺ら高校生だから安いとこしか知らないんだ。でも札幌駅の寿司はおいしいって聞いたよ」と、世間話のような観光案内のような話を繰り広げ、しかも昴夜のそれはびっくりするほど流暢だった。なんならたまに何を話しているのか分からなかった。

 まるで旧友のように親しげに話した後、そのおじさんは私に向き直り

“I love your goggles.”

 とにこやかに笑んで、そして去って行った。

 何が、起こった。困惑する私の隣で、昴夜は「英凜、ゴーグル似合ってるって」と通訳をしてくれた。なぜ突然ゴーグルを褒められたのかも分からなかった。


「……昴夜って、そんなに英語できたんだ」

「え? あー、そだね、なんか小さいときに英語聞いてるといいって言うもんね。母親に感謝かな」


 なんでもないことのように笑う昴夜の後ろを、女の子達が「ペラペラだったね」「ハーフだよ絶対」と話しながら通り過ぎるのが聞こえた。きっと、私も彼女達の立場なら同じ感想を抱いただろう。

 でも、昴夜って、お母さんとは日本語を喋ってたって言ってなかったっけ? 英語は得意科目だったけれど、あくまで相対的な話で、そんなにずば抜けてできていたような記憶はない。


「どしたの英凜、惚れ直しちゃった?」


 いたずらっぽく笑う顔が可愛くて照れくさくて、制約とは無関係に「そんなことない」と口を尖らせてしまった。でも実際、高校生のときにこんなイベントがあれば惚れ直していたに違いない。田舎で暮らしていた当時は帰国子女に縁はなく、流暢な英語を聞くだけで三割増しの格好良さがあった。
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