リライト・ザ・ブルー
「英凜、次滑らねーの」

「お昼食べない? もう一時だし、次滑り始めたらお腹空いて倒れちゃいそう」

「え、待って? 俺もうゲート通ったじゃん!」


 荒神くん達と一緒にリフトへ行ってしまった昴夜が、キャンキャンと吠える子犬のように私達を振り向く。昴夜も一緒に食べることができたほうがよかったけれど、そこは侑生が彼氏なのだから仕方がない。侑生と手を振ると「ひどい! いじわる!」と空中からも叫ばれた。

 ボードに足を乗せる前に、もう一度リフトを振り返る。昴夜は、恨みがましそうな、拗ねた顔でこちらを見ていた。

 お昼過ぎのロッジは混んでいて、私と侑生がやっと席を確保して食べ始めた頃、滑っていたはずの昴夜達が現れた。私が焼きおにぎり、侑生がカレーを食べる横を通りかかりながら、三人組の昴夜は「あとひとつ席あれば侑生らと交代で座れたのに」とがっくり肩を落とす。


「ここに椅子持ってきちゃだめかな、通路でもないし。でも空いてる椅子がないのか」

「レストランっぽいほう行く?」

「あっち雰囲気ないからヤだってなったんじゃん」

「背に腹は代えられないってヤツ。あんま遠くないならそっちにしよ」


 昴夜がもう一人の友達とゲレンデマップを見るためにロッジの端へ向かう。荒神くんがそれについて行こうとしつつも「つか侑生さあ」と顔だけ振り返った。その顔はちょっとだけ悪戯っぽく笑っている。


「三国と飯食うとき、いっつもそんなのんびり食ってんの?」


 侑生が早食いだという話ではなく、侑生は平均的な男子高校生としてご飯を食べるのが早かった。


「うるせーな、関係ねーだろ」

「ハイハイ、お邪魔しました」

「……英凜、気にすんなよ」


 進捗に大差ない私の焼きおにぎりと侑生のカレーを見比べていると、苦笑いを向けられた。


「一緒に食ってんだから、急ぐ必要ない」

「……そうじゃなくて」


 気を遣わせてしまっていると申し訳なくなったのではない。そうではなくて、思い出したのだ。

 侑生と昴夜と友達になったばかりの頃、二人とファミレスで晩ご飯を食べていたとき、一人だけ食べるのが遅くて焦っている私に、侑生が「急いで食べなくていい」と言ってくれたことがあった。どうせドリンクバーを飲んで居座るから、食事中の人がいるほうがいいのだと、そんな理由だった。

 でも、付き合ってから、侑生が先に食事を終えたのを見たことがなかった、気がする。少なくともタイムリープしてからは間違いない。それに――そうだ、付き合っていた頃も、ちょっとコーヒーを飲むときでさえ、侑生はいつも私のペースに合わせてコーヒーを飲み終えていた。……一緒にいる私が焦らないように、侑生に気を遣わないように。

 私が“いい彼女”であろうとしたように、侑生も“いい彼氏”でいようとしてくれていた。


「……侑生こそ、私に気を遣わないで、食べちゃっていいよ」

「別に、気遣ってるわけじゃない」

「でも荒神くん達と食べるとき、いつも早いし」

「アイツらうるさいからな、聞く側に回ってたら自然に食い終わってる。相対的な問題」


 ほら、そうやって侑生は誤魔化すのが上手い。大人びているといえば聞こえはいいけれど、まさしく“他人行儀”といえばそうだろう。

 私達は、ずっと、こうして他人行儀だったのだろうか。


「つか食べるのが早いといえば、最近ペース戻ったな」

「……どういうこと?」


 じっと考えこんでしまっていたことがあって、反応が遅れてしまった。


「夏休み明けの英凜、めちゃくちゃ早食いだったから。一体どうしたって思ってたけど、最近またのんびりに戻った」


 まったく自覚はなかったけれど、間違いなく職業病だ。上の先生達はおじさんばかり、一緒にお昼をとることもあるが、その所要時間は外出してから戻ってくるまで実に二十分なんてざらだった。周りの友人もみんなそうだったから気にしたことがなかったけれど、帰省したときに親に指摘されたことがある。


「多分、仕事のせい」

「忙しいから?」

「っていうと少し違うんだけど、周りが男だらけで食べるのが早くて。自覚はなかったけど、早食いになったって言われたことはあった」

「無自覚系女子かよ」

「無自覚系早食い女子なんてただの悪口じゃん」


 何気ない会話を続けながら視線を向ける先で、侑生の手の動くスピードは、やっぱりゆっくりだった。
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