リライト・ザ・ブルー
「……荒神くんが、侑生がゆっくりご飯を食べてるって言ったでしょ」

「……ああ」

「侑生はいつもそうだった。付き合ってる間、いつも侑生はゆっくりご飯を食べて、私に合わせてくれた。デートもそう、どこかに行くときも、行った先で何かを食べるときも、いつも私に気を遣って、私が好きなものか、私が嫌じゃないかを気にしてくれてた。……侑生はずっと、“良い彼氏”でいてくれた」


 あのとき、気が付いたのだ。私と侑生は、ある意味似た者同士だったと。

 私は昴夜を好きだったけれど、それを言い出せなくて、せめて侑生の “良い彼女”であろうとした。そして侑生は、私が昴夜を好きだと知っていたから、自分と付き合ってくれている私のために“良い彼氏”であろうとしていた。

 侑生は私を「他人行儀だ」と言ったけれど、侑生もそうだった。悪い意味じゃない、ただ侑生は、どこまでも私を優しく扱ってくれていた。そうしなければ私が離れてしまうと怖がるように、付き合っている以上そうしなければならないと焦るように。


「もっと、我儘を言ってくれていい。いちいち私の気持ちばっかりを優先しないでいいし、見当違いな気遣いばっかりして最低だって、私を(なじ)っていい。……説教してるんじゃないの。私がずっと、侑生にそうさせてたんだって、あの頃の私は考えもしなかった」


 握りしめている両手を、改めて強く握った。侑生の手はいつも温かい。今もそうだ。お陰で、ひんやりと冷たい私の指先はみるみる温まっていく。

 侑生の傍は、こんな風に、いつも温かかった。その居心地の良さに、私はずっと甘えて、溺れていたのだ。


「クリスマスに三人で遊ぼうなんて、私が未来のことなんて口走らなければ提案しなかったでしょう? 侑生のほうこそ、自分の気持ちを押し殺さないでいい。……もちろん、侑生が本当にそう決意したなら、別だけど」


 侑生は、しばらく黙っていた。


「……わざわざ、英凜と昴夜の仲のお膳立てをしたいわけじゃない」

「……うん」

「……でも、クリスマスに俺とデートするってなったら? 俺が我慢しない代わりに、英凜が我慢するだけだろ」

「我慢じゃないよ」

「どうして?」

「だって過去の私は、ホワイトデーまでは侑生と付き合ってたんだから」


 未来を変えたいからって、私と侑生のすべてをなかったことにするのは正しいのだろうか。私は高校生活の半分近くを侑生と一緒に過ごし、忘れてしまうほど些細な日常まで含めて共有していた。それなのに、“どうせ別れるし、卒業してから会うことはないし、結局好きになれなかった元カレだから意味がない”だなんて、そんなふうに言えるだろうか。

 いまになっても、私は、侑生のことを誰よりも特別な人だと断じるのに。

 未来を変えることを諦めたわけではない。ただ、過去は既に過ぎ去っていて、それを書き換えることはできないのだ。過去の私を積み重ねて、現在の私があるのだから。


「侑生と積み重ねた日々が無駄だったなんて、私は思ってない。後悔はたくさんあるけど、でもそのために侑生との日々を失っていいわけじゃない。なんなら、侑生との日々だって、もっとこうしてたらよかったのにって思うことがたくさんある」


 もし、私が侑生と向き合えば、侑生も私に他人行儀にならずに済んだのではないだろうか。そうすれば、せめて侑生にとっての私も、ただ他人行儀な彼氏彼女で終わった相手にならずに済むのではないだろうか。

 昴夜を失いたくない。それでも私は、侑生との関係だって、あんな風に中途半端に終わらせたくない。
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