リライト・ザ・ブルー
「ホワイトデーまでに侑生から別れを告げる」と決めたのは、クリスマスデートの帰り道だった。侑生の家で二人でお鍋をするという、まるで大学生カップルみたいなことをやってのけた後、侑生が「今後のことで話しときたいことがある」と切り出し、単刀直入にその決定を口にしたうえで「付き合い続ける選択肢はない」ときっぱり言い切った。
ただ、以来の私達は、一応、普通のカップルとして続いている。相変わらずいつも一緒に帰っているし、デートはクリスマスが最後だったけれど、デートをしない理由は年が明けて受験生になったからだ。
でも、その心に影がないはずはない。昴夜のいう“空気”はそれかもしれない。
だから、別れるまでに、少しでも侑生に返せるものがあればいい。侑生が私を大切にしてくれているのは、自惚れでもなんでもないのだから。
「……バレンタインのチョコ、少し気合入れて作ろうかな。フォンダンショコラとか」
「一年のとき作ってたヤツ?」
「え、そうだっけ」
「フォンダンショコラって、切るとチョコがとろーって出てくるヤツじゃないの?」
「そうそれ」
「じゃ一年のときのだ。俺もおすそわけもらったもん、俺がちょうだいって言ったんだけど」
そうか、あれは一年生のときか。自分用と侑生用とを作って、自分用をおやつに持って行ったら、それを目敏く見つけた昴夜に欲しいと言われ、あげることにしたのだった。
「じゃ、別のほうがいいかな。でもそもそも男子って手の込んだバレンタインを求めてはいないのかな」
「ごちゃごちゃ意味分かんない味は好きじゃないんじゃない――って、なんで俺がアドバイスしなきゃいけないの!」
我に返った昴夜が、ほどいたマフラーを振り回しながらプンプンとわざとらしく足を踏み鳴らす。
「俺にもちょうだい、バレンタイン!」
「でも私の彼氏は侑生だし、昴夜は胡桃からもらうでしょ」
「あーそっか、そういえばそうだった」
「そういえばもなにもないでしょ、何言ってるの」
これが自暴自棄で付き合った弊害……。
「んー、そっか……バレンタイン、バレンタインねー……」
「侑生に聞いとこっと」
「俺にもちょうだいね。ね!」
「いいけど、侑生と同じものはあげないよ。私の――」
「彼氏は侑生だからね、分かってるよ」
肩を竦めた昴夜が教室の扉を開ける。侑生はもう席についていて「寒い、閉めろ」と短く苦情を口にした。
「侑生、バレンタインのリクエストある?」
「なに急に。つかまだ二週間以上あるだろ」
「気合を入れてレシピを探そうかなって」
「去年のフォンダンショコラ、うまかったけど」
「侑生がいいならいいけど、同じものだとつまんなくないの?」
「フォンダンショコラなんて普段食わねーから。逆に新鮮」
そうか、そういうものか。
「でも最近流行ってるものがあるならそれとか」
「最近流行ってるってなに?」
「最近。英凜の中で」
なるほど、これは暗号だ。私にとっての“最近”、つまり十四年後。
「……ちょっと、流行って言われると分かんない」
「まあ、そんな気はしたけど」
「意地悪じゃん」
「一応聞いてみるくらいいいだろ」
小馬鹿にしたように笑う侑生の横顔に、翳りは見えなかった。