リライト・ザ・ブルー


「世界が開けたってほうが正しいかも。祖父さんに規律された囲いの中に一生いるような気持ちでいたけど、そうじゃなかったんだなって」


 “囲い”という表現が妙に重たく心に圧し掛かったのは、修学旅行で昴夜から聞いた話があったせいだ。

 侑生のお母さんは、お祖父さんに頑強に反対され、侑生を連れていかずに出て行った。なぜそんな選択をできたのだろうと疑問だったけれど、もしかすると、侑生のお祖父さんが持つ権力は雲雀家に留まらないのかもしれない。法曹界が狭い世界であるように、医者の業界において、侑生のお祖父さんは、侑生のお母さんの進退を左右できるほどの力を持っていた、というのも充分考えられる話だった。

 侑生は、当時のことを思い出すように、宙へと視線を投げながら呟いた。


「その意味では、俺も英凜に救われたのかな」


 侑生が私に救われた――侑生が私に抱くものを、そんなふうに感じたことはなかった。

 でも昴夜も、侑生は私と付き合い始めてから丸くなったと言った。あのときは首を傾げたけれど、もしかして本当にそうだったのだろうか。

 私は侑生の優しさを受け取るばかりで何も返せなかったと思っていたけれど、侑生も私から何かを受け取っていたというのなら。


「……それなら、いいな」


 そんなセリフが、自然と口から零れた。

 拍子に、侑生が私に視線を向けたのが視界の隅に映った。


「……暗くなる前に昴夜の家行くだろ」


 きっと、別のことを言うつもりだったのだろう。誤魔化すように、侑生は立ち上がった。フォンダンショコラが載っていたお皿は、ほんの少しのチョコレートソースを残して空になっている。


「駅まで送るよ」

「大丈夫だよ、寒いのに」

「彼氏はそういうことをしたいもんなんだよ」


 ぽん、と頭が軽く撫でられた。振り向くより先に、侑生はコートを取りに行った。

 駅に着くまで、私達はさきほどの暴露話などなかったかのように、淡々と改札までの道を歩いた。別れるときも、侑生は「わざわざありがとな」と手を振っただけだった。

 中央駅のロッカーで昴夜のチョコレートを取り出しながら、ぼんやりと会話を振り返る。

 最近少しすっきりした、タイムリープの話を聞いて腑に落ちた、諦めがついた……。過去のいま頃、喧嘩をした私と侑生の関係は最悪で、お互いにどう手を離せばいいのか分からない状態が続いていた。でも、いまはそうではない。もちろん侑生は強がってもいるかもしれないけれど、過去よりマシなことに間違いはない。微細な変化は、侑生との関係を多少改善した。

 でも、私に救われていたという、それだけは、この過去で変えたことではなかった。

 そして、私が昴夜を好きになったきっかけはいま思い返せば些細なことで、それでも私は、この十四年間、ずっと――。
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