リライト・ザ・ブルー
メールのバイブレーションで、はっと我に返った。携帯電話を見ると、差出人は昴夜で「バレンタインが終わるまであと七時間しかない!」とよく分からない催促がきていた。
こういうところが可愛いと思うけれど、それは私が昴夜を好きだからだ。過去の昴夜は違ったけれど、少なくともいまの昴夜は、実は私と両想いだと勘付いているのではないだろうか。
色々考えたいことはあるけれど、少なくともいまこの手にあるケーキを渡さない手はない。紙袋片手に電車に乗り込んで、昴夜の家の最寄り駅に着いた後に返信を忘れていたことに気付き「いまから届ける」と返事をした。メッセージアプリに慣れると、いちいち「送信中」という画面が出るのがまだるっこしい。これは閉じてもバックグラウンドで送信してくれただろうか。心配だったので、画面を開いたままカバンに放り込んだ。
家に着いて玄関チャイムを鳴らすと、バタバタバタッと廊下を走る音が聞こえ「英凜!?」と昴夜が飛びだしてきた。真冬だというのに、昴夜は薄いパーカーを着ているだけだった。
「駅まで行くよって言ったじゃん!」
「あ、そうなの? ごめん見てなかった」
昔から無精だったような気はするのだけれど、過去に戻って一層メールを見ることはなくなった。いちいち開かないと見ることのできないメッセージなんて時間の無駄でしかないせいだ。
「それより、これ」
本命と自覚しながらバレンタインを渡すのは初めてで、少し緊張した。渡すというより、紙袋を昴夜の眼前に突き出した。
「バレンタインね。どうぞ、ご査収ください」
「なに、ゴサシュウって。アメリカにある?」
「州の名前じゃないよ」
「ユタ州と音同じじゃん?」
「違うじゃん」
「大体同じじゃん」
私の手から紙袋を受け取る昴夜の指が、私の指先を掠めた。二月の外気で冷え切った指先から、じんわりと熱が広がる。
そのまま、背中に手が回された。驚いて声を上げる間もなく、コート越しに抱きしめられた。
「ありがと。大事に食べるね」
なされるがまま、呆然と立ち尽くす。
本当は、本命だからね。
そう言いたいのに言えない口が、パクパクと間抜けに開閉し、いたずらに冬の空気を取り込んだ。
「英凜、めっちゃ冷たいんだけど。お茶淹れるから暖まって行けば?」
「え、いいよ、もう夕飯の時間にもなるし……」
「んじゃ晩飯一緒に食べよ」
「おばあちゃんにも何も言ってないから」
「そっかあ」
「わ、わ、ちょっと」
ふわふわの髪が、ぐりぐりと肩に押し付けられてくすぐったかった。大型犬が犬同士のじゃれ合いをそのまま人間に向けてきたような仕草で、受け止めきれなかった体が少し後ろに傾いた。