リライト・ザ・ブルー


「はー……」

「なに?」

「……ううん。あー、てかちょっと待って、渡すものあるから玄関入って」


 腕が離れたかと思うと、そのまま力強く手を引かれた。さっき掠めたときにも思ったけれど、昴夜の指先はカイロみたいに温かい。

 昴夜が奥へ消えると、タンタンと階段をのぼる音がして、しばらくして降りてくる音がした。戻ってきた昴夜は、手の中に小さな包みを持っていた。


「これあげる」

「バレンタインのお返し?」

「違うよ、誕生日。明後日、英凜の誕生日じゃん」


 目を丸くしながら受け取る。過去にはなかったけれど、そうだ、今回は昴夜の誕生日にそんな話をした。

 包みの中に入っていたのは、ブックマーカーだった。先端にゴールデンレトリバーみたいな子犬がぶらさがっている。


「え、かわいい……」

「俺みたいに可愛いでしょ、この犬」

「それちょっと気持ち悪いよ」

「冗談だよ!」


 照れ隠しで言ってしまったけれど、本当にちょっと昴夜みたいだった。きちんとおすわりしたその子犬を、ビニール袋の上から指先で撫でる。


「……ありがとう。大事に、ずっと使うね」


 丁寧に包み直し、カバンの中にしまいこんだ。未来ではほとんど電子書籍で買っているけれど、気に入った文庫本を買うことはまだある。

 そうでなくとも、このブックマーカーは、私が唯一、昴夜からもらった形のある思い出になるはずだ。

 十四年後に想いを馳せていると、もう一度抱きしめられた。玄関先も寒いから、抱きしめられるとやっぱり温かくて、その意味でも心地がよかった。


「本当は侑生みたいに簪とかあげられたらカッコついたんだけどね、彼氏でもないのにそういうの気持ち悪いって、さすがの俺も分かってるから。……だから文具になっちゃったけど、でも、使ってくれたら嬉しい」


 とはいえ、妙だった。これが過去にない出来事なのは仕方がない、過去の私は昴夜にチョコレートを渡さなかったのだから。

 でも、そこじゃない。過去の昴夜はなぜ、私への好意を隠さないのだろう。それとも、こんなあからさまなアピールにさえ気が付かないほど、当時の私はあまりにも鈍感だったのだろうか。正直、可能性は否定できないせいで分からなかった。


「……昴夜、なにかあったの?」

「ん? なにかって?」

「なにか……寂しいこととか」

「んー……」


 答えないまま、腕の力だけが強くなる。でもこの時期に何かあった覚えはない。
< 86 / 119 >

この作品をシェア

pagetop