リライト・ザ・ブルー
「はー……」
「なに?」
「……ううん。あー、てかちょっと待って、渡すものあるから玄関入って」
腕が離れたかと思うと、そのまま力強く手を引かれた。さっき掠めたときにも思ったけれど、昴夜の指先はカイロみたいに温かい。
昴夜が奥へ消えると、タンタンと階段をのぼる音がして、しばらくして降りてくる音がした。戻ってきた昴夜は、手の中に小さな包みを持っていた。
「これあげる」
「バレンタインのお返し?」
「違うよ、誕生日。明後日、英凜の誕生日じゃん」
目を丸くしながら受け取る。過去にはなかったけれど、そうだ、今回は昴夜の誕生日にそんな話をした。
包みの中に入っていたのは、ブックマーカーだった。先端にゴールデンレトリバーみたいな子犬がぶらさがっている。
「え、かわいい……」
「俺みたいに可愛いでしょ、この犬」
「それちょっと気持ち悪いよ」
「冗談だよ!」
照れ隠しで言ってしまったけれど、本当にちょっと昴夜みたいだった。きちんとおすわりしたその子犬を、ビニール袋の上から指先で撫でる。
「……ありがとう。大事に、ずっと使うね」
丁寧に包み直し、カバンの中にしまいこんだ。未来ではほとんど電子書籍で買っているけれど、気に入った文庫本を買うことはまだある。
そうでなくとも、このブックマーカーは、私が唯一、昴夜からもらった形のある思い出になるはずだ。
十四年後に想いを馳せていると、もう一度抱きしめられた。玄関先も寒いから、抱きしめられるとやっぱり温かくて、その意味でも心地がよかった。
「本当は侑生みたいに簪とかあげられたらカッコついたんだけどね、彼氏でもないのにそういうの気持ち悪いって、さすがの俺も分かってるから。……だから文具になっちゃったけど、でも、使ってくれたら嬉しい」
とはいえ、妙だった。これが過去にない出来事なのは仕方がない、過去の私は昴夜にチョコレートを渡さなかったのだから。
でも、そこじゃない。過去の昴夜はなぜ、私への好意を隠さないのだろう。それとも、こんなあからさまなアピールにさえ気が付かないほど、当時の私はあまりにも鈍感だったのだろうか。正直、可能性は否定できないせいで分からなかった。
「……昴夜、なにかあったの?」
「ん? なにかって?」
「なにか……寂しいこととか」
「んー……」
答えないまま、腕の力だけが強くなる。でもこの時期に何かあった覚えはない。