リライト・ザ・ブルー
ああ、でも、私は、昴夜のお母さんが亡くなった日も、お祖父さんが亡くなった日も知らなかった。もしかしたら、過去の私が気が付かなかっただけで、今日の昴夜は寂しい思いをしていたのかもしれない。
微細な変化が許されると、新たに知ることのできるものもあるのかもしれない。
背中に手を回し、ぽんぽん、と、慰めるように軽く叩く。かけられる言葉が見当たらなくて、口は開かないままでいた。昴夜も、ただじっと私を抱きしめているだけだった。
「……なにかあったなら、話くらい聞くよ」
「……ううん、なんもない。……なにもないよ」
本当になにもないのか、私にはなにも言ってくれないのか。少なくとも過去の昴夜は後者だった。あの夜、突然いなくなったように、何かあっても、私にはなにも言ってくれない。
「……言いたくないなら言わなくてもいいけど、もし、本当になにかあったらちゃんと言ってね」
あの日を避けられないとしても、こうして伝えておくことで、未来を変えることができるだろうか。
「なにがあっても、私は昴夜の味方だから。昴夜が自分を信じられなくなっても、私は昴夜を信じるから。だから、なにかあったら、昴夜の支えにさせて」
どんなことがあったって私に頼っていい、そう分かってくれたら。
「……うん」
きっと、いまの昴夜もなにかあったのだろう。私を抱きしめる腕には力がこもった。
「……でも、英凜もね」
「うん?」
「なにかあったら、一人で悩まないで、俺に言ってね」
ああ、でも、そうだ。なにも言わなかったのは、私も同じだ。
心配をかけたくないから、新庄に関わってほしくないから、あの日の私はなにもかもを黙っていた。
「俺がだめなら、侑生でもいいんだけどね。英凜は、理性的で我慢強くって……自分だけが傷ついてるなら大丈夫ってひとりで頑張っちゃうけど、あんまりそういうことしなくていいんだよ」
あの日だけじゃない、一年生のときもそうだった。新庄に襲われたとき、私はそれを昴夜に言わなかった。問いただされても、何もなかったのだと平気な顔をして嘘をついた。後日、ひょんなことで昴夜がそれを知ってしまって「どうして言ってくれなかったの」と怒られたことがあった。
『英凜のこと、心配させてよ』
黙っていられると寂しいんだと、拗ねていた。
言ってよかった、言ったほうがよかった。いまならそれが分かるのに。
「……うん。黙ってて、ごめんね」
家に来る途中で、少年院から出てきた新庄に出くわした。口を塞がれて、制服を捲りあげられて体を触られて。いつもの電車の中なのに、誰も助けてくれなくて怖かった。きっとこの地獄が永遠に続くんだと思った。そのくらい、怖くてどうしようもなかった。
そう言うことができたら、あの未来は。