リライト・ザ・ブルー


「友達の彼氏なのに、っていうか自分の彼氏の親友でもあるのに、よくそんなことできるよね? 気持ち悪ッ」

「三国さんさあ、ちょっと桜井くんと仲良いからって調子乗り過ぎたんじゃないの?」


 胡桃の後ろに立っている子がずいと前に出た。きっと過去にも似たような立場で胡桃の味方をした子なのだろうけれど、顔に覚えはなかった。


「三国さんが桜井くんを名前で呼ぶのも、近い距離でベタベタするのも、胡桃はずっとイヤだったわけ。ていうかイヤに決まってるよね、なんで分かってるのにそういうことするの?」

「胡桃がどれだけ我慢してたか分かってる? でも友達だから何かあるわけないって三国さんを信じてあげてたの」

「三国さんが桜井くん誘惑したんだって、みーんな知ってるんだから。雲雀くんのことだって裏切って、サイテー」


 彼女達は似たような罵倒を何度も繰り返していたけれど、やがて胡桃が「もういいよ」と彼女達を制した。ちょうど、いつも侑生達が登校してくる時間だった。


「あたし、英凜を責めたかったわけじゃないから」


 わざわざ隣の校舎にまでやってきて私を責めにきたその口でよく言う、とはさすがに私も口に出さなかった。


「でもあたしがどんな気持ちだったか分かる? 英凜と話すことなんてないから。もう二度と、話しかけないで」


 親の仇のごとく私を睨み付け、胡桃は踵を返す。その友達も、ビッチだのサイテーだの吐き捨てて教室を出て行った。廊下からは「本当に言い訳ばっかだったよね」「なんで被害者が泣き寝入りしなきゃいけないんだろ」とまだ罵倒が聞こえていたけれど、それが聞こえなくなったかと思うと、侑生と昴夜が登校してきた。


「おーはよ」

「……なんかあったのか?」


 じろりと睨むように侑生が教室を見回した、それだけでサッとみんなが視線を落とす。私は首を横に振った。


「なんでもないよ、気にしないで」

「ふーん?」


 昴夜も首を傾げたけれど、誰も何も言わなかった。

 これは、胡桃の罠だった。昴夜と別れた胡桃は、私と昴夜は一年生のときからセフレであって、しかもそのせいで別れる羽目になったのだと噂をばらまき、できる限りの友達を味方につけて私を糾弾した。お陰でさすがの私も動揺したし、噂を本気にした男子に襲われかけたし、一ヶ月で三キロやせて学校も休んだ。

 でも、あれは三年生になった後の出来事だったはずだ。私がお祖母ちゃんの死でてんやわんやしているうちに噂が流れ、しかもクラス替えをして私が侑生と昴夜と別のクラスになっていた。だから余計に悪質だったのだが……バレンタインに私が昴夜にチョコレートを渡したことで、過去が少し変わってしまったらしい。

 逆に言えば、胡桃にこうして罠に嵌められることは変わらない過去だったようだ。過去で使われた写真は修学旅行のもの――侑生と喧嘩して部屋を飛び出した私と、そんな私を抱きしめる昴夜の姿を撮ったものだった。あの事件がなくなり、被写対象がなくなった結果、バレンタインの写真が撮られることで帳尻が合ったらしい。
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