リライト・ザ・ブルー

 そんな呑気なことを考えながら、一時間目が終わるチャイムが鳴った瞬間――バァンッと激しい打撃音が聞こえて跳び上がった。

 おそるおそる隣を見ると、侑生が机に教科書を叩きつけたところだった。


「この噂、なに」


 私が怒られているわけではない、それが分かっていてもゴクリと喉を鳴らしてしまう。そのくらいの恐ろしさがあった。


「俺と英凜がヤッてたんだって」


 昴夜も頭の後ろで腕を組み、足を投げ出す。授業中だったはずなのにいつの間に噂の内容を知ったのか、なんて疑問は馬鹿げていた。授業中の二人は、ずっと携帯電話を見ていたのだろう。

 でも、そんな風に騒ぎにして、私を庇わなくてもいい。過去の私は少なからず傷ついたとはいえ、いまの私にとっては二度目の経験なのだ。いまさらショックを受けることなどなにもない。


「二人とも落ち着いて。大した噂じゃないから」

「大したことあんだろ。侮辱だぞこんなん」


 慌てて制しても、侑生は私さえ睨む勢いだ。


「英凜がどうでもいいっつっても俺らにはどうでもよくない。なんでこんなことになってんだよ」

「俺に訊かれても知らないもん。あのさー、(しゅん)


 みんなの視線が一斉に一人に注がれる。白羽の矢が立てられた荒神くんが、ゲッと顔をひきつらせた。


「誰から聞いたの、この噂」

「……俺が聞いたのは東高のヤツだけど、ソイツは、灰桜高校(うち)の裏掲示板見たヤツから聞いたって」声は上擦っていて、らしくない説明口調だった。

 いわゆる学校裏サイトというヤツだ。現代も生き残っているかは知らないけれど、全員匿名で発信内容が悪口に限定されていること以外は現代のSNSと大差ないと思っている。その内容が苛烈化しやすく、こぞって特定個人を攻撃しやすいこと然り。


「で、その裏掲示板になんて書いてあったんだよ」


 侑生の声は尋問よりも冷ややかだ。お陰で荒神くんの視線は泳いでいる。

 ……これは、二人が授業中に荒神くんも巻き込んで示し合わせたのでは? そうに違いない。荒神くんは二人と仲が良いとはいえ、二人を(なだ)めたり(いさ)めたりする役割を負っていることも多かった。親友同士の二人とはちょっと立場が違ったのだ。


「……三国が……一年の頃に昴夜とラブホ行ってたみたいな話」

「あーうん、行った行った」


 昴夜が頷き、教室は再び騒然としたけれど。


美人局(つつもたせ)のヤツだよね?」


 それが、別のどよめきに変わる。
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