リライト・ザ・ブルー
 しんと、水を打ったように教室内が静まり返った。それは打ち合わせになかったのだろうか、昴夜も口を閉じて、黙って侑生を見た。侑生は、答えを待つように椅子の背に腕を置いて振り返る。


「牧落との関係で浮気じゃないのは分かった。で? お前は、なんで英凜を抱きしめたの」


 なぜ。その理由を、昴夜はなんて説明するのか。ドクリと、私の胸は高鳴った。


「……可愛かったから。つい」


 みんな黙ったままだった。侑生も何も返事をせず、じっと昴夜を見上げ、静かに立ち上がる。

 そして、昴夜の横面を殴り飛ばした。

 近くの椅子や机を薙ぎ倒しながら、昴夜は床に転がった。私は絶句したし、近くに座っていた子達も悲鳴を上げながら飛びのいた。廊下の扉も開いて「なんだ、どうした!?」と先生が飛び込んでくる。この噂は先生達にも知れ渡っていて、その真偽のほどはと、教室内の会話に耳を澄ませていたのだろう。もう、とっくに二時間目は始まっていた。


「人の彼女に手出すなよ」


 冷え冷えとした声は、とても演技には見えなかった。


「……ごめん」


 昴夜は、頬を手のひらで押さえて俯いていて、その表情は分からなかった。

 大丈夫? そう駆け寄りたかったけれど、それをできる立場ではない。ぐっと拳を握りしめて立ち尽くしていると、先生が「雲雀、桜井……」と参ったような声で二人を呼んだ。


「ちょっと……、廊下に出なさい」


 昴夜が黙って立ち上がり、侑生が教室を横切るのに続いた。

 二人が出て行き扉が閉められた後、そっと陽菜が歩み寄ってきた。


「……英凜、その……ごめんな、英凜のこと、疑って」

「……ううん。疑われるような写真があったのは事実だから」


 他の子達は「じゃあれガセだったんだ」「牧落さんが勘違いしてたってこと?」「いやそうじゃなくて、わざと嘘ついたって話だろ……」と、この噂を終息させていく――きっと、侑生と昴夜の目論見どおりに。

 侑生が昴夜を殴ったのも、“昴夜が一方的にしたことだ”と印象付けるためだったのだろうか。廊下を見つめても、その答えは分からなかった。
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