千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。

 涙で揺れる視界の中で、彼の手が座卓の上に伸びていく。その先にあるのは、艶やかな黒漆の硯箱(すずりばこ)だ。

 螺鈿(らでん)細工できらきらと虹色に光る小鳥が施されたふたを、彼がそっと開ける。中にある小筆を取り、穂先を墨汁に浸した。

 彼はひと呼吸の後、おもむろに紙の上に筆をのせる。
 さらさらと穂先が紙の上を滑る。のびやかな運筆から生まれる優美かつ繊細な墨跡(ぼくせき)に、私は息をのんだ。

「その筆跡()……」

 あの夢のものとまったく同じだ。まぶたの裏に焼きつくほど眺めていたのだから間違えるはずがない。

 かたり、と小筆が硯箱に戻る音が和室に響いた。

 彼の書いたものを口に出して読もうとするのに、唇が震えて声が出ない。視界が涙で見る見るふさがれていく。

「約束通り、会いに来たよ、美緒(みお)
「……っ」

 広い胸に飛び込むようにして抱きつくと、即座に背中に回された腕に強く抱きしめられる。

「やっと捕まえた。もう二度と手放さない」
智景(ちかげ)さ……っ」

 込み上げる想いに声を詰まらせると、頬を彼の大きな手が包み込んだ。

「今世だけじゃない、来世も来来世もその先も――何度生まれ変わろうとも僕のそばにいると約束してくれないか?」
「は、い……」

 にじんだ視界でもわかるほど整った顔に近づいてきた。
 なんのためらいもなくまぶたを下ろすと、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。



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