千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
 視線を窓の外から膝の上に移すと、『夫になる人』の欄に書かれた文字が目に飛び込んできた。相変わらず筆文字とはまったくの別物だ。私が夢の中の人と智景さんを結びつけられなかったのは、この筆跡の違いも大きかった。

 智景さんは、毛筆は光子先生から、硬筆――つまりペン字は万由美さんから、それぞれ別々に教わったそうだ。

 彼にとって小筆書きは、千年前から当たり前のように使ってきたもので、染みついた文字の癖は抜けなかった。光子先生はそれも個性だからと、特に直すような指導はしなかったらしい。

 一方で硬筆――つまりペン字は、万由美さんからお手本通りに書けるよう厳しく叩きこまれたという。

 私は長い間記憶にある筆跡を探すあまり、知らず知らずのうちに文字自体の個性を探ろうとする癖が染みついていた。それが裏目に出て、筆跡の癖を見て別人だと認識したのだと思う。

 ちなみに光子先生の名字の藤原は旧姓で、東雲家に嫁いでくる前から書道家としてその名前でやってきていたそうだ。

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