千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
「いつの間に……」

 わずかに痛む頭を押さえながら、昨夜のことを思い出す。

 結果から言うと、彼は本当に送りオオカミにはならなかった。洋服も化粧もそのままなのがその証拠だ。

 彼は、熟睡しかけていた私からどうにか住所を聞き出し、抱きかかえて部屋まで送り届けてくれた――ようだ。
『ようだ』というのは、まるで夢の中にいたようなおぼろげな記憶しかないせいだ。

 大失態だわ……。

 そんなに酔ってはいないと思っていたけれど、全然そんなことはなかったらしい。もし彼が私をどうこうするつもりだったとしたら、と考えただけで冷や汗がにじむ。いや、もしこれが長澤さん相手だったとしたら――。
 冷や汗を通り越して全身鳥肌が立ちそうになり、慌てて頭を振った。

 とにかく東雲さんがいい人でよかった。

 というよりも、地味で面白みのない私なんかをどうこうしようとしなくても相手に困らない、というのが実際のところだろう。
『僕と恋をしてみないか』だなんて簡単に口にできるところからして、恋愛経験豊富なのは間違いない。それなのに『しばらく恋をしていない』だなんて、嘘つきにもほどがある。
 前言撤回。いい人の皮を被った悪い男だ。

 脳裏によぎる垂れ目の甘い容貌にむっとしながら、名刺に書かれた文字を睨みつける。
 まるでお手本をなぞった、正確で几帳面な文字だ。初対面の女性をからかうような性格の人が書いた文字とは思えない。

 そんなことを考えながら名刺をサイドテーブルの引き出しにしまい、ベッドから立ち上がった。

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