千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
 身支度を済ませ、予定通り家を出る。駅前のコミュニティーセンターで月二回開かれている書道教室に通っているのだ。

 小学生のときに習字教室に通い始めた。受験のときにいったんやめたものの、大学生で再開して以降、書道は数少ない趣味といってもいいかもしれない。

 頭にこびりついている『あの筆跡』に巡りあえたら――なんて、あり得ない夢を見たこともあったけれど、今は純粋に書くこと自体を楽しんでいる。

 東京に引っ越してきてひと月たった頃、駅で書道教室の張り紙を見つけた。新しい環境に緊張状態が続いている中で、なにかリフレッシュできるものがないかとひそかに思っていたところだった。

 書道は頭を空っぽにして目の間のことだけに集中することに向いている。
 ゆっくりと丁寧に時間をかけて墨をすっていると、精神が研ぎ澄まされ、心が凪いでいくような感覚になる。適量の墨を筆に含ませ、真っ白な半紙に筆を下ろす瞬間の緊張感もたまらない。

 今日は、手本の文字をしっかりと見ながら、忠実に再現できるよう書写をすることにした。臨書(りんしょ)という書道の基礎的な練習方法だ。

 臨書は中国の古典作品を手本にすることもあるけれど、私はもっぱら書道教室の先生が書いた文字を写している。歳時に合わせた言葉を題材にしているため、実用的でおもしろい。

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