千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
「申し訳ありません……」

 頭を下げると先生は「謝らなくてもいいの」と口にした後、微笑みながら続けた。

「ここはプロの書家になるための教室じゃないわ。私が自分の老後の楽しみとして、趣味でやっているだけで、生徒さんが一緒に書道を楽しんでくれるのがなによりうれしいのよ」

 私が初めにこの書道教室を訪ねたときにも、彼女は同じように言っていた。その言葉があったからこそ、慣れない環境の中でも楽しめそうだと、思い切って入会することにしたのだ。

 深くうなずいた私を、先生は優しい目で見つめる。

「だからね? 美緒ちゃんにも書道を楽しんでほしい。でももしそうできない理由があるのなら、私でよければいつでも相談に乗るわ。できることがあればするし、そうでなくても気持ちを吐き出すだけでも楽になることもあると思うから」
「先生……」

 じわっと心の中が温かくなった。
 ここに通うことに本当に決めてよかった。

 この書道教室に通う生徒のほとんどは、両親と同年代かそれより上の方ばかりだ。二十代は私ひとりのせいか、光子先生はお世辞にも愛想がよいとはいえない私のことを、まるで孫のようにかわいがってくれる。私もつい故郷の祖母と話しているような気持ちがして、書道と関係のない話をあれこれとしてしまう。

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