千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
 放して、と言おうと唇を開きかけたとき。

「ひと目惚れだった」

 どくん、と心臓が大きな音を立てた。

 う……嘘でしょう⁉ どうしてあんなみっともない状態だった私に、ひと目惚れなんてできるというのだろう。やっぱりからかっているの?

「からかっているわけじゃない」

 心の内を見透かされたような言葉に、勢いよく顔を上げる。思ったよりずっと近くに整った相貌があり、体温が一気に上昇した。顔をそらしたいのに、まるで見えない糸に縛られたかのように、一ミリも動かすことができない。

「きみを最初に見たとき、大げさでも冗談でもなく、まるできみの周りだけが別の世界のように色鮮やかに見えた。だから昨日、もしかしたらきみに連れがいるかもしれないと思いながらも、声をかけずにはいられなかったんだ」

 蜂蜜のようにとろりと甘い視線を注がれて、呼吸だけでなく心臓まで止まりそうになる。

 早く断らなきゃ。――頭の中ではずっとその言葉がぐるぐると回っているのに、口を開けるどころか呼吸をすらままならない。包まれている両手が熱くてたまらない。

 彼は私の手を握ったまま自分の方へ近づけると、そこにこつんと額を当てた。

「お願いだ。ほんの少しでもいいから、きみの視界に僕を入れてくれないか?」
「……っ」

 すぐにでも手を振り払って全力でこの場から逃げたいのに、手や足はおろか唇すら開くことができない。

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