千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
 もしかしてこの人……本当に私のことが好き……なの? 

 もしそうだとしたら、ずいぶんとひどい態度を取った気がする。
 彼はいつも飄々としているので、半分以上冗談だとばかり思っていた。色々と思い返してみると居たたまれない気持ちになる。

「そんな顔をさせたいわけじゃないよ」

 延びてきた手に左の頬を包まれ息をのんだ。そっとすくうように顔を上げられ、真剣なまなざしに貫かれる。

「嫌なら断ってくれていい。無理強いをしたいわけじゃないからね」

 私の意思を尊重してくれるような優しい言葉とは裏腹に、その瞳には有無を言わせぬ強い光があった。

 すぐにでも断りたいのに、喉が張りついたようになって声が出ない。親指の腹で頬をひと撫でされ、ぴくりと肩が跳ねた。

「だけど僕が支払った代金は受け取らない。これは譲れない。僕が自分のために使ったお金だからね」

 彼はそう言い切ると、私の頬から手を放した。それでもまだ視線は外れない。まるで私の思考を一ミリでも逃すまいとするかのように、じっと見つめてくる。

 思考がうまく働かない。このままでは言われたままうなずいてしまいそうだ。

「少し……考える時間をください」

 どうにか振り絞るように言うと、微笑みだけが返ってきた。
 私は頬に残る手のひらの感触と温もりを振り払うように、目の前に並べられた料理に箸をつけた。
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