千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
 残された私は大きく息を吐き出した。宛名書きの続きをしなければと思うけれど、まったく集中できない。
 気持ちが乱れていてはよい字は書けない。今日はもう諦めて帰ろうかと思ったとき、突然ノックもなしにドアが開いた。びくっと肩が跳ね、顔を上げると、思わぬ人が立っていた。

「な、長澤さん」
「たかりの次は濡れ衣か」

 開口一番に言われたセリフに、思考が一瞬停止した。けれどすぐに、さっきの久保田さんとの話を言っているのだと気がつく。

「違います。そういうつもりでは――」
「自分ではないといくら言っても激しく叱責されたと、本人が泣きながら言っていた。契約社員へのパワハラだと、コンプライアンス部に報告されてもおかしくない」
「……気をつけます」

 言いたいことは色々あったが、すべてをのみ込んでそれだけ言った。長澤さんとふたりきりという状況を早く解消したい。

「すみませんが、急ぎの作業がありますので」

 暗に早く出て行ってと言うと、彼は「ふんっ」と鼻で一笑した。

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