千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
「どうしたの? もしかして僕の名前を忘れたとか……」
「いえ、ちゃんと覚えています」

 名刺をもらったことはまだ記憶に新しい。

「じゃあ他になにかあった?」

 不思議そうに見つめられ、仕方なく「言ったことがなくて」と口にする。
 記憶にある限りで、弟以外の男の子の名前を呼んだことがない。それなら余計に慣れるための練習が必要だろうとは思うものの、妙な照れが抜けず口にできない。

 口を開けたり閉じたりするだけでいつまでも名前を呼べずにいると、彼がひとつの提案をした。

「じゃあ、こうしよう。美緒が僕の名前を呼べたら、この琥珀糖をひとつあげる。間違えて名字で呼んだときは、反対に僕がもらう。いい?」

 ということは、彼の名前を間違えずに呼べば、琥珀糖の残りはすべて私のものということ?
 さっき口の中に広がった味を思い出してしまい、欲望に抗えずうなずいた。

「よし決まり。いつどんな時に呼ぶかは美緒に任せるよ」

 そう言ってにこにことしている彼に、なんだか悔しくなった。どうせすぐにはできないと思っているにちがいない。

「ありがとうございます……智景さん」
「……っ」

 目を大きく見開いた彼が、息をのむのがわかった。

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